きらぼし銀行から「弊行との取引に関する不審な手続き等の確認のお願い」なる手紙が送られてきた。といっても、この名前の銀行にまったく心あたりがなかったので調べてみると、八千代銀行、東京都民銀行、新銀行東京が合併して2018年5月に設立された銀行だった。
新銀行東京は2005年、石原慎太郎東京都知事の肝いりでつくられた銀行だ。当時、大手銀行は低金利による貸し出し拡大で大きな収益を上げながら税金を納めておらず、貸し渋りが中小企業を苦しめていた。銀行税を導入したものの裁判で敗訴した石原知事は、今度は自ら自ら“理想の銀行”をつくって日本経済を再生させようとしたのだ。
それから十数年たち、後継銀行にいったい何が起きたのだろうか。文面を読むと、行員の不祥事への謝罪と、「不審な手続き等」へのアンケートだった。
不祥事というのは、東京都下の支店に勤務する32歳の元行員が、顧客から運用商品の購入資金として預かった800万円を詐取したというものだった。
そんな不良行員がいるのかと思いながら質問用紙を見て驚いた。そこに、以下のような体験をしたら連絡するよう書かれていたからだ。
- 担当引継ぎ後も前任の営業担当者が、訪問を継続し、現金のお預かりや預金・金融商品の勧誘をしている。
- お客様さまの現金や小切手・普通預金払戻請求書・定期預金証書等をお預かりする際、営業担当から弊行制定の預り証の交付を受けていない(素預り)
- 営業担当者と個人的に金銭の授受をしたことがある。
いずれも、まともな銀行ではあり得ないことだ。こんなことをすべての顧客に(ちなみの私の口座残高は989円だ)尋ねるなど前代未聞ではないだろうか。
じつはこの銀行では、合併・設立からわずか2カ月後に、東京都内の支店で、定期預金証書を偽造して複数の顧客から5億7600万円を詐取するという事件が起きていた。この不祥事を受けて再発防止の取り組みを約束したにもかかわらず、わずか1年で同様の事件を起こしたことで、「ご迷惑をお掛けしているお客さまが他にいらっしゃらないか、広く確認を進め」ることになったようだ。
銀行が顧客に、「うちの行員から犯罪被害にあっていませんか?」と聞いて回るのはじつに恥ずかしい話だが、こんな手紙を送っただけでこの根深い問題を解決できるだろうか。
石原知事が高い理想を掲げて設立した新銀行東京は、わずか3年で1000億円ちかい累積赤字を抱えて行き詰まり、東京都が400億円の公的資金を注入して救済する羽目になった。既存の銀行が貸し渋っていた「訳あり」の取引先をすべて押しつけられたとも言われている。その後、都知事も何人か変わり、合併でこの「お荷物」を清算しようとしたのだが、これによって職員の士気は下がり、度重なる不祥事につながったのではないだろうか。
最近の世界の出来事を見てもわかるように、権力者が自分勝手な「理想」を掲げて暴走すると、けっきょくみんなが迷惑するのだ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.86『日経ヴェリタス』2019年11月3日号掲載
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