ブレグジット(EUからの離脱)をめぐるイギリスの混乱が収まりません。ボリス・ジョンソン首相は「合意なき離脱」も辞さない覚悟でEUとの交渉に臨もうとしましたが、経済への深刻な打撃を懸念した議会は離脱延期をEUと交渉するよう義務づける新法を可決しました。国民に信を問う前倒しの総選挙も否決されたジョンソン首相は進退窮まり、「(離脱延期を求めるくらいなら)野垂れ死んだ方がましだ」とまで口走っています。
それ以前にジョンソン首相は、EU離脱をめぐる審議を嫌って長期間にわたって議会を閉鎖するという奇策に出ました。この暴挙はEU残留を求める「リベラル」なひとたちに大きな衝撃を与えましたが、それは怒りというより困惑に近いものでした。議会閉鎖に抗議する集会のプラカードに、「Siri, What is Democracy?(Siri、デモクラシーって何?)」と書かれていたのが彼らの心境を象徴しています。SiriはiPhoneに搭載されているAI(人工知能)で、イギリス社会の現状を理解することも、これからどうすべきかを決めるのも、もはや機械に訊かなくてはわからなくなっているのです。
戦後ずっと、日本人にとって米英の政治こそが理想でした。政治学者のような知識人は、「日本の政治が機能しないのは共和党と民主党、保守党と労働党のような二大政党制になっていないからだ」と決めつけ、強引なやり方で小選挙区制を導入しました。これによってたしかに自民党の派閥政治は解体されましたが、民主党の「政権奪還」の失敗後に実現したのは「一強他弱」であり「“戦後最長”の安倍政権」でした。
日本の政治が衆参のねじれで機能しなくなったとき、アメリカのような強力な大統領制を待望する論者がたくさんいました。ところが皮肉なことにそのアメリカで、ポピュリズムの権化のようなトランプ大統領が登場したことで、「(愚かな)国民が直接投票で最高権力者を選ぶ大統領制より、イギリスや日本のような議員内閣制の方がマシ」との主張が出てきました。隣国の大統領の存在もあるのでしょうが、いまや日本でも「大統領制が素晴らしい」という論者はすっかり影を潜めました。
しかし、「相対的にマシ」とされた議院内閣制でも、イギリス政治はブレグジットの大混乱で、イタリアでは右と左のポピュリスト政党が連立内閣をつくったものの、たちまち仲たがいしてさらなる混乱を招いています。
大統領制も議院内閣制も機能しないとなると、あとは独裁制ということになりますが、プーチンのロシアや共産党独裁の中国を見て、「あんな社会になりたい!」というひとはほとんどいないでしょう。これでは「なにをやってもムダ」で、「デモクラシーって何?」と訊いてみたくなるのもわかります。
いまはまだ「あきらめ半分」でも、イギリスがEUから強硬離脱し、来年の大統領選でトランプが再選されるようなことになれば、英米のリベラルは自国の政治や社会にかかわることをかんぜんにあきらめてしまうのではないでしょうか。
そんな絶望したエリートたちは、AIに悩みを訴えるのではなく、AI=機械による統治を求めるようになるのかもしれません。
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