金融庁の報告書に端を発した「老後2000万円不足問題」は予想をはるかに超える反響を引き起こし、参院選の大きな争点になることは確実です。「大炎上」した理由は、報告書が「平均的」な世帯を、持ち家で2000万円の金融資産を保有し、それを毎月5万円ずつ取り崩していると描いたからです。
これは総務省の「家計調査」に基づいているとのことですが、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」(2017)では、70歳以上で2000万円以上の金融資産を保有している世帯は27.9%です。脱落した7割の高齢者が、「自分たちは生きていけないのか?」と騒ぎ出したとしても不思議はありません。
しかしここから、「老後に2000万円なんて貯められるわけがない」というよくある批判が誤りであることもわかります。10世帯のうち3世帯はこのハードルをクリアしているのですから、当たるはずのない宝くじとはぜんぜんちがいます。「頑張れば誰でもできる」わけではないものの、「誰にでも望みはある」というべきでしょうか。
金融資産は月々の収入を積み立てた(運用した)結果ですから、平等な社会でも年齢が上がるほど「資産格差」は拡大していきます。
同じ調査では、2000万円以上の金融資産を持っている世帯は、20代では1.7%、30代でも5%しかありませんが、40代になると13.0%、50代では23.8%と大きく増えます。ただし「富裕層」の割合は、60代や70歳以上になってもさほど増えません。誰もがうすうす気づいているように、経済的に成功できるかどうかは40代で(ほぼ)決着がついているのです。
それに対して金融資産非保有の世帯は20代で32.2%と3分の1ですが、それが30代では17.5%と半減します。この比率は40代で22.6%までいったん上がりますが、これはマイホームを購入する頭金などに使ったからだと思われ、50代ではふたたび17.4%に戻っています。
ここから見えてくるのは、金融資産非保有の20代の若者のうち、半分は預金の積み立てや資産運用を始めますが残りの半分はそのままで、その結果、5~6人に1人は生涯にわたってほとんど金融資産を持たないらしいということです。これに50代のときに300万円未満の金融資産しか持っていなかった1割が(預金を取り崩して)加わると考えれば、70歳以上の3~4人に1人が金融資産非保有になる経緯がわかります。
それでは、このひとたちはどうやって暮らしているのでしょうか。データが示すもうひとつの興味深い特徴は、金融資産非保有世帯のうち、持ち家率が78.8%ときわめて高いことです。持ち家世帯全体でもその割合は約20%で、持ち家が5軒並んでいればそのうちの1軒は金融資産を持っていないのです。マイホームの購入でキャッシュがなくなったということもあるでしょうが、それよりも地方などで、若いときは実家で暮らし、その後、親の不動産を相続したというケースの方が多そうです。
このようなひとたちは、病気など不慮の出来事がないかぎり、金融資産がなくても年金だけでなんとか暮らしているようです。これもまた、「平均的」な日本の高齢者の姿なのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2019年7月8日発売号 禁・無断転載