1990年代末に始まった就職氷河期には、メディアが「新卒で正社員になれなければ人生終了」と大騒ぎしたことで、日本経済にブラック企業という「イノベーション」が生まれました。飲食業を中心に、純真な若者を「正社員にしてやる」と大量に採用し、サービス残業でアルバイトの最低賃金以下で使い倒す会社が続々と現われたのです。
その後、日本経済は空前の人手不足に陥り、世間の目もきびしくなったこともあって、こうした経営手法はすたれてきました。ところがその代わりに、中高年向けのブラック企業が増えているというのです。
都内のとある金融会社は、40代や50代をそれなりの給与で中途採用しています。ところが働いているうちに、会社は儲かっているにもかかわらず、給与が下がりはじめるのだといいます。
最初は月額30万円だとすると、5万円の年齢給部分がじょじょにカットされて、そこからなぜかさらに減らされて20万円+インセンティブになってしまいます(そのインセンティブも雀の涙です)。こうして気づいたときには、相場の半分くらいの給料で使い倒されています。
なぜこんなことになるかというと、売上から利益を引いて、そこから経費を出しているからです。
当たり前の話ですが、売上から仕入れや人件費など諸経費を引いた残りが利益です。売上が減ったり、経費がかかりすぎると赤字になってしまいます。
ところが「中高年ブラック企業」は、売上からまず利益を確保するのですから、赤字になりようがありません。その代わり、残った経費分から人件費を捻出するため、給料がどんどん減っていくのです。
なぜこんなことをするのか。それはどんなときも黒字の優良企業にして、内部留保を積み上げることだといいます。社員を犠牲にして会社が肥え太っていくのです。
ずいぶんヒドい話ですが、驚くべきことに、この理不尽な経営方針は民主的な手続きによって社員からも支持されています。社長が、「売上から経費を差し引く(ふつうの)経営」と、「売上から利益を差し引く(異常な)経営」の2つの選択肢を社員に示して選ばせたとき、社員のほぼすべてが先に利益を計上する案に手を上げたというのです。
その理由は、「黒字の会社はつぶれない」からです。
「中高年ブラック企業」に中途入社した社員たちは、この「居場所」がなくなれば再就職の見込みがないことを思い知らされています。だからこそ、自分の給料が削られても、会社が黒字で確実に存続することの方を選ぶのです。――もちろん、ため込んだ内部留保が社員に還元されることはありませんが。
この罠から抜け出そうとすると辞めるしかありませんが、約束した退職金はいつまでたっても支払わないばかりか、給与から差し引かれていたはずの住民税も納めていないことが発覚したそうです。
かつてサラリーマンは「社畜」と揶揄されましたが、この言葉が流行ったのは一種の「自虐ネタ」だったからです。「中高年ブラック企業」では、「社畜」はとうてい洒落にはならないようです。
参考:池上正樹『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)
『週刊プレイボーイ』2019年6月3日発売号 禁・無断転載