沖縄・辺野古の米軍基地建設への賛否を問う県民投票で、「反対」71.7%の「民意」が示されました。
この問題の背景には、米軍基地が「迷惑施設」になったという現実があります。
日本は敗戦で連合軍(米軍)の統治下に入り、1952年のサンフランシスコ講和条約で占領が終わりますが、沖縄はそれから20年間、アメリカの「植民地」でした。
敗戦直後の日米の「経済格差」はとてつもなく大きく、ゆたかな米軍は日本人の憧れでした。それに比べて、「日本を破滅に追いやった」旧軍の後継である自衛隊への視線はきわめて冷たく、災害救援でも自衛隊の活動はいっさい報じないのがマスコミの常識でした。
それが変わってきたのは高度経済成長の時代で、円高で米軍基地が地元経済に貢献しなくなり、いつの間にか米兵は「迷惑なひとたち」になりました。大きな転換点は1995年で、阪神・淡路大震災(1月)での献身的な救援活動で自衛隊が大きく評価を上げる一方、沖縄ではアメリカ海兵隊員らが12歳の女子小学生を拉致・集団強姦する事件が起き(9月)、米軍基地撤廃を要求する大規模な集会が開かれました。この事件をきっかけに、住宅地の真ん中にある普天間基地を移設することになり、その候補地として辺野古が選ばれたのです。
その後の複雑な経緯はとうていここでは書ききれませんが、沖縄の反基地感情はますます高まり、自民党に所属していた翁長知事が辺野古建設反対へと態度を変えたことで決定的になりました。翁長知事の死にともなう県知事選や今回の県民投票でも、「迷惑施設はもう御免だ」という沖縄のひとびとの強い意思は明らかです。
これもいちいち説明する必要はないでしょうが、問題は辺野古以外の代案がないことです。鳩山元首相が「最低でも県外」と約束した民主党政権が、迷走の挙句、けっきょく辺野古への移設を容認せざるを得なくなったことが日本政府の苦境を象徴しています。「沖縄の負担軽減のため本土移設を」と述べる論者もいますが、これはただいってみただけで、いまや原発に匹敵する「迷惑施設」となった米海兵隊を受け入れる自治体など見つかるはずはありません。
こうして安倍政権は辺野古の海の埋め立てを強行し、民主党時代の失態で脛に傷を持つ野党も批判は口だけで、沖縄の怒りと絶望はますます募るという悪循環にはまっています。
それでも代案を出せといわれたら、唯一実現可能性が(わずかに)あるのは、「日本から米軍に出ていってもらう」ことです。トランプ大統領は、「アメリカが負担する軍の海外駐留は認めない」と断言しているのですから、首脳会談で「思いやり予算(在日米軍駐留経費負担)はもう払えません」といえば「解決」する話です。
そうなれば日本は真に「独立」して、大量の核兵器を持つロシア、中国、北朝鮮という隣国から自力で国民・国土を守ることになります。当然、「核兵器保有」を求める大きな政治勢力が登場するでしょう。米軍の「核の傘」があるからこそ、日本の右傾化=軍事化が抑えられてきたのです。
「沖縄に米軍基地はいらない」というリベラルは、この不愉快な現実とちゃんと向き合わなければなりません。
『週刊プレイボーイ』2019年3月11日発売号 禁・無断転載