目黒区で5歳の女児が虐待死した事件につづいて、千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡しました。このふたつの事件に共通するのは、児童相談所など行政をバッシングする報道があふれる一方で、メディアがぜったいに触れないことがあることです。
報道によると、今回の事件で逮捕された父親と母親は沖縄でいちど結婚したあと離婚し、そのあと再婚しています。被害にあった10歳の女児は最初の結婚のときの子どもで、再婚後に次女(1歳)が生まれたようです。
長女を虐待していた父親は沖縄の観光振興を担う財団法人に勤めていましたが、千葉への転居を機に退職、18年4月からは同じ法人の東京事務所の嘱託社員として働いていました。「家族の話も頻繁にし、同僚は家族仲が良いと思っていた」とされ、沖縄時代の元同僚も「愛想が良かった」と証言しています。
ここから浮かび上がるのは、ジキルとハイドのような「モンスター」的人物像です。そうでなければ、職場ではごくふつうに振る舞い、家庭では子どもを虐待するような非道な真似がどうしてできるでしょう。
たしかにそうかもしれませんが、実はもうひとつ可能性があります。
あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています。逆に、実の子どもが虐待死する事件はきわめて稀です。長大な進化の過程で、あらゆる生き物は自分の遺伝子を後世に残すよう「設計」されているからです。――不愉快かもしれませんが、これが「現代の進化論」の標準的な理論です。
そう考えれば、真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係です。報道では実子にように扱われていますが、戸籍上はそうなっていても、実際に血がつながっているかどうかはわかりません。
英語圏を中心に9カ国約2万4000人の子どもを検査したところ、約3%の子どもが、「父親」と知らされていた男性と遺伝的なつながりがないことがわかりました。イギリスでは2007~08年に約3500件の父子鑑定依頼が持ち込まれましたが、鑑定の結果、約19%の父親が他人の子どもを育てていました。こうしたケースは、一般に思われているよりずっと多いのです。
目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父でした。仮に今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能です。だとしたら、行政はDNA検査を促すこともできたのではないでしょうか。
もしこの仮説が正しいとすると、検査の結果、実子であることが証明できれば虐待は収まるでしょう。逆に別の男との子どもであることがわかれば、子どもの身の安全は強く脅かされますから、行政が女児を保護する正当な理由になります。
ひとつだけたしかなのは、「なぜ虐待したのか」を知ろうとせず、行政担当者の不手際を集団で吊るしあげて憂さ晴らししているだけでは、問題はなにも解決しないということです。このままでは同じような悲劇がまた起きるでしょう。
参考:「温厚・威圧的 二つの顔 小4死亡事件 容疑の父親」朝日新聞2019年2月7日
参考文献:オギ・オーガス、サイ・ガダム『性欲の科学』CCCメディアハウス
『週刊プレイボーイ』2019年2月18日発売号 禁・無断転載