第79回 「第二のスルガ銀」すぐ現れる(橘玲の世界は損得勘定)

スルガ銀行の不適切な投資用不動産融資を検証した第三者委員会の調査報告には、信じがたい行員の体験談が並んでいる。

「数字ができないなら、ビルから飛び降りろと言われた」「上司の机の前に起立し、恫喝される。机を殴る、蹴る。持って行った稟議書を破られて投げつけられる」「ものを投げつけられ、パソコンにパンチされ、オマエの家族を皆殺しにしてやると言われた」……。これが現代日本の、地域の名門金融機関で起きていたことだと思うと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

この事件が明らかにしたのは、日本社会が戦前の軍隊的体質からなにひとつ変わっていないという衝撃的な事実だ。大学アメフト部や相撲、体操などスポーツ界もまったく同じで、次から次へと同じような不祥事が暴かれる。なぜなら、日本人はみんな軍隊が大好きだから。「リベラル」を自称する組織を含め、放っておくとピラミッド型のタコツボを自然につくりあげてしまうのは、閉鎖的なムラ社会でしか生きられないからだろう。

あらゆる組織に共通することだが、うまくいっているときには隠されていた欠陥が、状況が悪化するにつれて前面に出てくる。日本型組織のもっともグロテスクな側面は、売上が落ち込んだり試合に負けはじめたりすると、その失敗を暴言や暴力で解決しようとすることだ。上司やリーダーにプロフェッショナルとしてのマネジメント能力がないから、部下を掌握できなくなると、あとは殴って従わせるしかなくなるのだろう。

第三者委員会によって、スルガ銀行は「極端なコンプライアンス(法令順守)意識の欠如が認められ、企業風土の著しい劣化があった」と断じられた。この異例なまでにきびしい指摘は、「社会に存在する資格がない」といわれたのと同じだ。

なぜこんなひどいことになってしまうのか。これはすでに指摘されているように、日銀の超金融緩和政策によって、日本の金融機関が金利差から収益をあげられなくなってしまったからだろう。

それでも、会社を存続させて社員に給料を払うためには、どこかで収益をあげなくてはならない。その方法はたぶん2つしかなく、ひとつは不動産担保融資で、もうひとつは手数料率の高い金融商品の販売だ。

住宅ローン市場は飽和状態で、地方の銀行では大手金融機関やネット銀行に対抗できない。優良企業はそもそもカネ余りで、事業資金を借りる必要はない。だからこそスルガ銀行はシェアハウスへの融資というニッチ市場に特化したが、それが行き詰まって暴言と暴力が横行する異様な組織に変貌し、統治そのものが崩壊してしまった。

だがこうした状況は、他の金融機関も同じだ。いまでは大手銀行や証券会社、生命保険会社も、高齢者にデリバティブを組み込んだ複雑な金融商品を売りつけたり、手数料率の高い「節税」商品を強引に販売していると批判されている。「貧すれば鈍す」の構図はまったく同じで、いずれ同様の不祥事が飛び出してくるのは時間の問題だろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.79『日経ヴェリタス』2018年10月7日号掲載
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