「きれいごとはうさんくさい」と、多くのひとは内心思っているでしょう。現代の心理学は、これを「道徳の貯金」理論で説明します。
アメリカの一流大学の白人学生に、企業の採用担当者になったつもりになって、5人の応募者を評価させました。履歴書の内容はどれも同じで、いずれのグループも有名大学で経済学を専攻し、優秀な成績で卒業した4番目の応募者がもっともすぐれていました。異なるのはこの“スター応募者”の属性で、第一グループは白人女性、第二グループは黒人男性、第三グループ(対照群)は白人男性です。ほとんどの被験者が、この“スター応募者”をもっとも高く評価しました。
次の課題では、被験者は地方の町の警察署長になります。住民のほとんどが白人で、警察内部でも人種的なジョークが口にされ、何年か前に黒人の巡査を採用したことがあるのですが、職場でのいやがらせを理由に1年で辞めてしまいました。あなたはこうした状況を変えたいと思っていますが、その一方で、警察本来の仕事を優先するには警官たちに不安を生じさせるようなことをしたくはありません。今年の新人を採用するにあたって、あなたは人種を考慮すべきしょうか?
被験者はランダムに3つのグループに分けられたのですから、「黒人だという理由で採用しないのは差別だ」という回答と、「この状況では白人警官を選ぶのもしかたない」との回答はほぼ同じになるはずです。
しかし実際は、グループのあいだにはっきりとしたちがいがありました。第一の課題(企業の採用担当者)で“スター応募者”が白人だった学生は「人種を考慮すべきではない」とこたえ、“スター応募者”が黒人だった学生は「しかたない」とこたえることが多かったのです。
研究者はこれを、「道徳は貯金のようなもので、増えたり減ったりする」からだと説明します。
企業の採用担当として黒人の応募者を選んだ学生は、「自分は人種差別主義者ではない」と自信をもってアピールできたので、警察署長になったときに白人を優先する「人種差別」ができます。それに対して白人の応募募者を採用した学生は、道徳の貯金ができなかったので、警察署長の課題では「人種を考慮してはならない」とこたえるのです。
この実験の結論をわかりやすくいうと、次のようになります。「きれいごとをいうひとは、道徳の貯金箱がプラスになったように(無意識に)思っているので、現実には差別的になる」のです。
興味深いのは、企業の採用担当のときに“スター応募者”が女性だった場合でも、白人警官を選ぶ割合が高くなることです。これは、「自分は女性差別をしない」というアピールが、人種差別を正当化するための「貯金」になったことを示しています。「きれいごと」はなんにでも使えるのです。
「だからきれいごとをいう人間は……」
おっと、これ以上いうと「道徳の貯金」がプラスになって、差別的になってしまうかもしれないので、これくらいでやめておきましょう。
出典:Benoit Monin and Dale T. Miller (2001) Moral Credentials and the Expression of Prejudice. Journal of Personality and Social Psychology 近刊『朝日ぎらい』(朝日新書)でより詳しい説明をしています。
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