難産の末に「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」が成立しました。野党は「働かせ法案」「過労死法案」と批判していますが、「年収1075万円以上の専門職が対象」とされたためか、大半のひとが「自分には関係ない」と思い、反対運動はいまひとつ盛り上がりに欠けたようです。
しかし働き方改革はこれで終わりではなく、国民的な議論(大騒ぎ)を引き起こすことが確実な、さらに大きなイベントが待ちかまえています。それが「金銭解雇の合法化」です。
議論の前提として、日本は世界にさきがけて超高齢社会に突入し、少子化による人口減で人手不足がますます深刻化している現状を確認しておきましょう。この大問題に対処しようとすると、「右」でも「左」でもどんな政権でも、「高齢者にいつまでも働いてもらえる社会」にする以外ありません。こうして安倍政権は「一億総活躍」を掲げ、公務員の定年の65歳への引き上げや、「70歳定年制」の導入が検討されるようになりました。その先にあるのは「定年制廃止」で、アメリカやイギリスがすでに導入し、スペインなどヨーロッパの国がつづいていますから、早晩、これが世界の主流になるのはまちがいないでしょう。
リベラリズムの根本原理は自己決定権です。どこで(誰の子どもとして)生まれるかで人生が左右されてはならず、結婚や職業選択だけでなく、いまでは死ぬ時期や死に方まで個人の自由な選択に任せるべきだとされるようになりました。そんな社会で、本人の意思にかかわらず強制的に雇用契約を解除する定年制が受け入れられなくなるのは当然です。
ところが日本的雇用は年功序列なので、定年制廃止でなく70歳定年制でも人事制度が大混乱に陥ります。しかしそれより問題なのは終身雇用で、現在のように「いちど正社員を雇ったら解雇できない」のでは、会社は高齢者の巣窟となって壊死してしまうでしょう。「定年制のないリベラルな社会」を実現しようと思ったら、会社が合理的な経営判断と公正な手続きで従業員を解雇できる制度がどうしても必要なのです。これが「金銭解雇の合法化」です。
日本人は会社を「イエ」とし、生活の面倒をみてもらうかわりに滅私奉公するのを当然としてきましたが、こんな前近代的な働き方をしている国は日本しかなく、欧米諸国はどこも解雇のルールを法で定めています。
「日本にも労働審判がある」というかもしれませんが、明確なルールがないまま会社と対立すれば、弱い立場の労働者が不利になるのは否めません。「終身雇用で守られているのは大企業の正社員だけで、非正規はもちろん、中小企業も実質的に解雇自由でなんの補償もない」との指摘もあります。解雇の際の金銭補償が法で定められれば、多くの「雇用弱者」が救われるでしょう。
「合理的理由のない待遇格差は差別」というのが世界の常識で、日本の裁判所もようやく違法判決を出すようになりました。「働き方」は労働者の人生に大きく影響しますから、正社員だけを過剰に優遇するのではなく、すべての働くひとに公正な解雇のルールをつくらなければならないのです。
参考:大内伸哉、川口大司編著『解雇規制を問い直す― 金銭解決の制度設計』(有斐閣)
『週刊プレイボーイ』2018年7月9日発売号 禁・無断転載