「モリカケ」問題に加え、厚生労働省の「特別指導」や自衛隊のイラク派遣時の日報隠しなど、次々と不祥事が勃発する安倍政権ですが、これらに共通するのは、国会での首相や大臣、省庁幹部の答弁と矛盾しないように、なんの躊躇もなく文書を隠蔽したり改ざんしたりするお役人の体質です。
ただし、安倍政権の「独裁」で行政が歪められたと決めつけることはできません。事実はおそらく逆で、官僚はもともと権力におもねる“本能”をもっていたものの、これまでは小泉政権を除いて短命だったため、様子見を決め込んでいただけなのでしょう。超長期政権が確実になったことで、法律も規則も無視して一斉に媚を売るようになったと考えれば、いま起きている事態をシンプルに説明できます。
こんな情けないことになる理由は、これまで繰り返し述べてきたように、日本の労働市場に流動性がないからです。転職のできない環境では、いったんネガティブな評価を受ければ、閑職で飼い殺しにされるしかありません。だとしたら、自分や家族の将来のためにどんなことでもするようになってもなんの不思議もありません。
しかしそのなかでも、自衛隊の日報問題はちょっと特殊です。
日本におけるシビリアンコントロールとは、「背広組」と呼ばれる防衛省の文官が「制服組」と呼ばれる武官を統治することをいいます。防衛大臣は直接、幕僚長ら「制服組」幹部に指示を出すのではなく、事務方トップの防衛省事務次官など「背広組」が仲介します。北朝鮮のミサイル実験のような安全保障にかかわる事態でも、国会で自衛隊の見解を説明するのは「背広組」の官僚です。
イラク派遣時の日報を「隠していた」とされるのは、陸自や空自などの現場です。常識で考えれば、彼らが部隊の貴重な活動記録である日報を破棄するはずはなく、どこかに保管されているのは公然の秘密だったはずです。ではなぜ「存在しない」などと報告したかというと、国会で釈明するのは「背広組」で、自分たちには関係ないと思っていたからでしょう。現場の自衛官にとって、国会は「他人ごと」なのです。
近代国家はすべての暴力を独占しますが、そのなかで最大の「暴力装置」が軍であることはいうまでもありません。世界標準のシビリアンコントロールとは、選挙で選ばれた政治家=国会が軍を統制することですが、今回の出来事が明らかにしたのは、現場の自衛官は国会のことなどまったく気にしていないという現実です。
しかしここで、自衛官だけを責めることはできません。野党はなにかあるたびに「責任者を喚問せよ」といいますが、日報問題で責任を負うべき空自や陸自の幕僚長を国会に呼ぼうとはしません。なぜなら、「制服組を国会に立たせてはならない」という暗黙の了解があるからです。これは、陸軍大臣や海軍大臣などの軍人が国会を蹂躙し、日本を破滅へと引きずり込んだ「負の記憶」があるからでしょう。
その結果、自衛隊は国会とは切り離され、この国のシビリアンコントロールは名ばかりのものになってしまいました。論じるべきは安倍政権への忖度ではなく、この深刻な問題なのです。
『週刊プレイボーイ』2018年4月23日発売号 禁・無断転載