ひとは過去の失敗に学ぶことがあるのでしょうか?
5年ほど前に「シリア内戦―誰にも止められない殺し合い」という記事を書きました。宗教的少数派であるアサド政権は権力を失えば“皆殺し”にされることがわかっているので、神経ガスでもなんでも使って敵を“皆殺し”にするしかないという話で、実際、その後の展開は予想どおりになりました。
とはいえ、これは私に先見の明があったということではありません。中東に詳しい知人は、「専門家ならみんな知っていること」といっていました。
ところが不思議なことに、中東の専門家がたくさんいるはずのEUやヨーロッパ諸国は、「シリアを民主化する」という大義を掲げて自由シリア軍などに大量の武器を渡しました。これに対してロシアのプーチン大統領は、「権力の空白より独裁の方がはるかにマシだ」と警告しましたが、ヨーロッパの理想主義者たちはまったく耳を貸しませんでした。
その結果、混乱に乗じてIS(イスラム国)が勢力を伸ばし、シリア北部のラッカを首都に国家の樹立を宣言します。そこに白人を含む多くの若者たちが集まり、彼らがヨーロッパでテロを繰り返すようになって、「移民排斥」を叫ぶ極右が台頭することになります。
ISが暴虐のかぎりをつくすようになった原因はシリアの内戦なのですから、これを収束させるには大規模な地上軍を派遣するしかありません。しかしヨーロッパの政治家たちは、犠牲が避けられない軍事行動を決断できず、効果のない空爆をひたすらつづけるしかありませんでした。その結果、生活の糧を失ったひとびとが次々と故郷を捨て、ヨーロッパに殺到することになったのです。
これに驚いたEUは、シリア難民支援の名目でトルコに60億ユーロ(約7800億円)を支払うことで「防波堤」とし、現在は小康状態を保っています。トルコ国内の難民キャンプの環境は劣悪だといわれていますが、「人権」をなによりも重視するEU政府はこれを問題視したりはしません。トルコを怒らせ、難民がふたたび流入するようなことになるのを恐れているのです。
ロシアとイランの支援を受けて態勢を挽回したアサド政権は、首都ダマスカス近郊で大規模な空爆を行ない、子どもたちを含む多数の犠牲者が出ています。この事態に対しユニセフ(国連児童基金)は、「殺された子供たち、その父母、そして彼らが愛した人々のことを正しく言い表せる言葉がない」という一文のみの異例の声明を発表し、筆舌に尽くしがたい惨状への怒りを表現しました。
ところがここでも、EUはなんの行動も起こそうとしないばかりか、アサド政権への批判すら控えています。これは、シリア国内でどれだけ死傷者が出ようとも、アサド政権が権力を維持したほうが難民の発生を抑えられると考えているからでしょう。
残念なことに、ほとんどの場合、ひとは過去の失敗に学ぶことができません。しかしこれには例外もあって、ちゃんと学べることもあるようです。
『週刊プレイボーイ』2018年3月19日発売号 禁・無断転