税制は専門的で難しいと思われていますが、じつはけっこういい加減です。例えば基礎控除。これまでずっと38万円で、他に控除がない場合、この金額を超える収入に納税義務が生じます。日本では、年収38万円で「健康で文化的な生活」ができるようです。
財務省は、基礎控除にさまざまな控除を加えて国際比較の矛盾をとりつくろってきましたが、いよいよつじつまが合わなくなってきたのか、今年の税制改正で25年ぶりに10万円引き上げられ48万円になりました。「だからなに?」と思うかもしれませんが、これは税の世界では大事件なのです。
基礎控除を引き上げると税収が減ってしまうので、どこかで帳尻を合わせなくてはなりません。そこで年収850万円以上の会社員の給与所得控除が引き下げられたのですが、しかしなぜ、増税になるのが高所得の「会社員」だけで、給与所得控除のない高所得の自営業者は対象外なのでしょうか。これでは「取りやすいところから取っている」といわれても仕方ありません。日本の税制は、あちこちの利害を調整しようとした結果、理屈もへったくれもなくなってしまったのです。
専門家のあいだでは、複雑怪奇になった所得控除をやめて、よりすっきりした税額控除にすべきだという意見が大勢です。先進国で導入の進む「給付付き税額控除」では、課税額より控除額が大きいときは逆に税金を受け取れます。
この仕組みのよいところは、国民年金や国民健康保険の保険料を支払えない低所得者にも適用できることです。国民年金の保険料は収入にかかわらず定額で、健康保険料は収入がないほど高率になるため、低所得者が真面目に払おうとすると保険料が収入を上回りかねません。これを「給付付き」にすれば、保険料から控除できない分は逆に給付されるので、未払い問題はなくなりすべての国民が社会保障の恩恵を受けられるようになります。
しかしそうなると、税と社会保障は一体化し、国税庁と社会保険庁が合体して金融庁のような独立した機関になるでしょう。これでは既得権を失うとして財務省や厚生労働省が大反対していることが、制度改革が進まない理由になっています。給付付き税額控除は民主党政権時代に検討されましたが、この改革をなしとげていればその後の評価もかなりちがったでしょう。
さらに、給付付き税額控除は消費税にも使えます。低所得者が支払った消費税分を払い戻せばいいからです。税の専門家は、これが消費税の逆進性を緩和するもっとも有力な方法だとしています。
ところが日本では、逆進性の緩和効果がほとんどない食品などへの軽減税率を強引に導入しようとしています。先行して実施したヨーロッパ諸国では、軽減税率の対象をめぐって大混乱した結果、「やらなければよかった」という話になっているというのに。
なぜ合理的な税制改革ができないのか。それは不合理な主張を頑としてゆずらないひとたちがいるからです。その筆頭が、「軽減税率は弱者のため」といって自らを優遇対象にした新聞業界であることはいうまでもありません。
参考:三木義一「所得控除より税額控除を」(日経新聞2018年1月22日「経済教室」)
『週刊プレイボーイ』2018年2月5日発売号 禁・無断転