生活保護費のうち、食費などの生活費をまかなう「生活扶助費」が今年から大幅に引き下げられることになりました。この決定についてはさまざまな議論があるでしょうが、いちど整理してみましょう。
まず、福祉社会の最大の敵はモラルハザードであり、生活保護制度を守るためにはフリーライダー(ただ乗り)を排除しなければなりません。働いてこつこつ年金保険料を払ってきたひとよりも、一銭も払わずに生活保護で暮らす方が得であれば、バカバカしくて誰も年金制度に加入しようとは思わないでしょう。
もちろん、年金保険料を払えなかったやむをえない事情があるひともいるでしょう。しかしその一方で、ネットには「ナマポ(生活保護)で暮らせばいいんだから年金保険料なんて払わない」という書き込みがいくらでも見つかります。世界でもっとも高度な福祉社会である北欧諸国は、「国家の保護に頼ってはいけない」と道徳の授業で子どもたちに教えているといいます。日本も社会保障をもっと充実させるべきだと考えるなら、フリーライダーにきびしく対処することを受け入れなくてはなりません。
年金には「マクロ経済スライド」が導入され、物価水準に応じて支給額が減額されるのですから、生活保護費をそのままにすればいずれ損得が逆転してしまいます。年金保険料を納めてこなかった高齢者の生活保護費を国民年金の水準以下にするのは、制度を守るためにこそ不可欠です。「そもそも低所得者の年金が低すぎる」との批判があるでしょうが、だとしたら1000兆円もの借金を抱えた国がどうすればいいのかも合わせて提言すべきです。
しかしこうした事情は、母子家庭ではまったく異なります。高齢者の多くは健康上の理由で働くことができませんが、母子家庭の母親は20代から40代ですから、適切な支援があれば仕事をして収入を得、税金を納めることができます。子どもは学校を卒業して働きはじめ、やはり納税者になります。そのように考えれば、母子家庭の生活保護費を高齢者に合わせて引き下げることに合理的な根拠はありません。
母親と子どもにとっても、日本の社会と納税者にとっても、もっとも望ましいのは母子家庭の収入を最大化するような制度です。そのためには保育園や託児所の充実など、母子家庭の母親が独身女性や共働きの母親と同じように働ける環境をつくっていくことが必須です。
日本社会の大きな問題は、母子家庭の世帯収入が、児童扶養手当などを入れても一般世帯の3分の1程度しかないことです。一人あたりの平均所得の半分に満たない額が「貧困線」ですが、日本のひとり親世帯では、貧困線以下の割合が54.6%と先進国のなかで群を抜いています。それなのに、母子家庭の就労率は85.4%と、女性が働くのが当たり前のデンマークやスウェーデンより高いのです。これは、生活保護を受給すると子どもがいじめられると危惧しているからでしょう。
生活保護費の切り下げで母子家庭を罰してもなにひとついいことはなく、未婚率が上がって少子化がますます進むだけです。いま必要なのは、負のイメージしかない生活保護制度から母子家庭を切り離し、子どもを連れて離婚することがハンディキャップにならない社会をつくっていくことなのです。
『週刊プレイボーイ』2018年1月22日発売号 禁・無断転