モンスター・クラアントやカスタマー・ハラスメントが社会問題になっています。流通や小売業の労組UAゼンセンのアンケートによれば、「お前はバカか」「死ね、やめろ」などの暴言を浴びせられ、説教が3時間つづいたケースもあるそうです。ここまでいくと常軌を逸しており、災難にあったひとには同情するほかありません。
こうしたトラブルの原因は、日本のサービス業が“おもてなし”至上主義で「お客さまは神様」といいすぎたからだとされます。IT化で仕事の内容が高度化し、ミスが増えたり、顧客が説明を理解できなかったりすることもあるでしょう。とはいえ、非が顧客にあることが多いとしても、謝罪についての日本の文化が問題をこじらせている面もありそうです。
7~8年前のことですが、ひょんなことから知人のオーストラリア人と大手損保会社とのもめ事に巻き込まれました。オートバイを運転中に乗用車と接触事故を起こしたのですが、それが高級車(マセラッティ)だったため、損保会社の担当者から自損自弁を強く勧められているというのです。この件は本に書きましたが(『臆病者のための裁判入門』)、担当者は実は、相手が事情のよくわからない外国人なのをいいことに、保険金を支払うのを嫌って勝手に事故を処理していたのです。
私は知人に頼まれて、通訳兼代理人として損保会社と交渉したのですが、当初は自らの非を認めて(言い逃れのしようのない不祥事なのです)ひたすら謝罪するのですが、そのうちだんだん雲行きがあやしくなってきました。最後は本社の部長まで出てきて「たいへんご迷惑をおかけしました」と深々と頭を下げるのですが、それだけなのです。
オーストラリア人の彼にとっては、謝罪と賠償(責任)は一体のものです。「謝ったけどなにもしない」というのはまったく理解できません。そのことを指摘すると、損保会社の弁護士は「これで納得できなければ裁判でもなんでもやってください」といいました。
仕方がないので自分たちで裁判して、2年半かけて東京高裁で20万円の和解に漕ぎつけたのですが、裁判では損保会社の態度は180度変わって、私たちは「法外な賠償金目当てで悪質」と非難されました。「お客さま」から一転して「クレーマー」扱いされることになったのです。
この貴重な体験からわかったのは、日本の会社のトラブル処理の基本は、相手があきらめるまでひたすら謝り倒すことだということです。それに納得しないと、こんどは逆ギレして自分たちが被害者のようにいいはじめます。これでは解決できるものもどんどんこじれていくのは当然です。
しばしば指摘されるように、アメリカでは謝罪が裁判で不利な証拠として扱われるので、どんなに非があってもぜったいに謝りません(最近はすこし変わってきたようですが)。それに対して日本では、「謝罪はタダ」でとにかく頭を下げますが、それ以上なにもしようとはしません。
どちらも一長一短ですが、顧客の怒りを誘発するのは、この「とりあえず謝っとけ」文化にも理由があるのではないでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2017年12月4日発売号 禁・無断転