日本企業の労働分配率が43.5%に低下し、1971年以来46年ぶりの低水準になったという。その一方で内部留保は増えつづけ、2016年末で375兆円と過去最高を更新した。これを見て、「企業は内部留保を取り崩して賃上げすべきだ」と怒るひとがいまだにいる。
本紙の読者には釈迦に説法だろうが、この理屈はものすごくおかしい。
株式会社は1年間の企業活動を決算し、利益に対して税金を払って、残った純利益を株主に分配する。このやり方には2つあって、ひとつは現金を配当することで、もうひとつは「株主資本」に組み込むことだ。
こうして会社内に留められた純利益が「内部留保」だが、それは本来株主のものだ。しかし日本の経営者のなかには、純利益の半分を株主に配当すれば、残りの半分は会社にもの、すなわち「自分のもの」と思っているひとがものすごく多い。
株式会社の原則からいえば、純利益は全額、(会社の所有者である)株主に配当すべきだ。それを内部留保するとしたら、株主が個人で資産運用するより、経営者が資本金として運用した方が投資利回りが高いという合意があるときだけだ。
マイクロソフトやアップルのようなIT企業がその典型で、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが「私に資金を預ければもっと儲かる」と株主を説得し、それに納得したからこそ、ずっと無配でも誰も文句をいわなかった。ところが事業が成熟し、投資先がなくなってくると、株主から「だったら自分で運用するから配当してくれ」という要求が出てくる。このようにしてベンチャー企業は、ふつうの会社になっていく。
だとしたら、労働分配率の低下はなぜ起きるのか。これは世界的な現象で経済学者のあいだでもさまざまな意見があるようだが、基本はものすごくシンプルだ。
経営者が人材への投資を増やしたいなら、設備投資と同じく、事業を成長させ株価を上げると株主を説得しなければならない。利益を減らして給料を上げるならボランティアで、株主が納得するならいいが、ふつうは経営者が真っ先に解雇されるだろう。
日本で労働分配率が上がらないのは経営者が強欲だからではなく、労働生産性が先進国で最低だからだ。この問題はずっと指摘されてきたが、まったく改善されない。要は、働き方が非効率で、給料を上げても利益を増やせる自信がないのだ。
それにもかかわらずこの国では、株主のお金であるはずの内部留保を社員に分配するのが正義だという主張がまかり通っている。株主からすれば、これでは強盗にあったような話だ。
もちろん、内部留保が無駄に積みあがっているのも大問題だ。事業の成長に結びつかないなら、全額を株主に配当するのが正しい経営者の態度だ。
株式市場では日経平均株価が2万円を超え「20年ぶりの高値」を目指すのだという。しかしそれでもバブル期の半分で、過去最高値を更新するアメリカ株とは比ぶべくもない。その理由がここにあるのだろう。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.71『日経ヴェリタス』2017年10月8日号掲載
禁・無断転載