アメリカ大統領選の候補者選びの中盤の天王山スーパーチューズデーで、不動産王ドナルド・トランプが7州を制したことで、この稀代のポピュリストが共和党候補として大統領選に臨む“悪夢”が現実的なものになってきました。すでに多くの識者が述べているように、これは米国社会の分断を象徴しています。ところで、いったいなにが「分断」されているのでしょうか。
これまでの通説では、共和党支持の「赤いアメリカ(保守)」と民主党支持の「青いアメリカ(リベラル)」が対立し、ティーパーティのような偏狭な保守主義が台頭してリベラル派が退潮しているとされてきました。ところが今回の選挙戦は、こうした見方に疑問を呈しています。
トランプは「メキシコとの国境に壁をつくる」とか、「ムスリムを入国禁止にする」などの排外主義的な主張で知られていますが、その一方で自由貿易より国内雇用を重視し、福祉政策は必要だと論じ、妊娠中絶に理解を示すなど、共和党主流派の政治イデオロギーを真っ向から否定することも平然と口にします。これが「トランプは隠れ民主党員だ」との批判を招くのですが、選挙結果をみるかぎり共和党員はこうした“変節”をまったく気にしていないようです。
分断の基準がイデオロギーでないとしたら、それは何でしょうか? これは各種投票調査において、トランプが新たに開拓した支持層が「じゅうぶんな教育を受けておらず、低い賃金の白人男性」とされていることから明らかです。アメリカの経済格差は、「知能」の格差のことなのです。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。それは「グローバル資本主義」の本質が知識社会化だからです。そこではヒトの多様な知能のなかで、言語的知能と論理数学的知能のみが特権的に優遇されます。
20世紀末からアメリカは「知識大国」へと大きく舵を切り、高等教育を通じて世界じゅうの優秀な人材がウォール街やシリコンバレーの「知識産業」に供給されるようになりました。この好循環によってアップルやグーグルはグローバル経済の覇者になっていきます。
しかしこれは、「知能」において競争力を持てないひとびとの生活に破壊的な作用をもたらします。知識社会化が進めば進むほど脱落者は多くなり、ついには「1%の富裕層と99%の貧困層」(より正確には「人口の1%が富の3割を保有する社会」)に至ったのです。
トランプが予備選で人種差別的な発言を繰り返すのは、共和党員のなかでは、知識社会から脱落したのが圧倒的に白人が多いからでしょう。しかし黒人やヒスパニックの支持がなければ本選で勝つのは難しく、このままではただのトリックスターに終わりそうです。
知識社会化にともなう富の二極化は、人種や民族を問わずこれからも拡大していくでしょう。そう考えれば、人種的なポピュリズムより、「知能によって排除されたすべての有権者の側に立つ」候補者の方がずっと強力です。
4年後(もしくは8年後)には、いまはトリックスター扱いされている「民主社会主義者」バーニー・サンダース型の“リベラルなポピュリスト”が大統領の座に就いたとしても不思議はありません。
参考:チャールズ・マレー『階級「断絶」社会アメリカ 新上流と新下流の出現』
『週刊プレイボーイ』2016年3月14日発売号
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