マイナス金利は、日銀のリフレ政策をさらにパワーアップし、日本経済をデフレから脱却させる秘密兵器だそうです。黒田日銀総裁がマイナス金利を宣言した直後はたしかに円安が進みましたが、その後は急速な円高・株安になり金融市場の動揺が収まる気配はありません。金利がマイナスになるという奇妙な出来事は、私たちの暮らしにどのような影響があるのでしょうか。
マイナス金利を最初に導入したのは2009年7月のスウェーデンで、12年7月にデンマークが続き、14年にはユーロ圏(ECB)とスイスがマイナス金利に踏み切りました。ヨーロッパでは、マイナス金利はもはや日常です。
それでどうなったかというと、結論は「たいして変わらない」です。
マイナス幅が0.65%ともっとも大きいデンマークではお金を借りると利息がもらえる住宅ローンが登場し、コペンハーゲンなどの不動産価格がバブル期以上に高騰しています。マイナス成長だった経済も14年以降は1%台前半の成長を取り戻しました。このように一部の住宅市場を過熱させる効果はあるようですが、それがたんなるバブルなのか、実体経済に波及して経済成長を後押しできるのかは、マイナス金利導入から3年以上経っても結論が出ていません。
マイナス金利の政策上の問題は、下げ幅に限界があることです。預金金利がマイナス10%の世界を考えてみましょう。銀行にお金を預けていると毎月1%ちかくお金が減っていくのですから、こんなバカバカしいことをするひとはいないでしょう。預金がすべて引き出され、自宅の金庫などにしまわれてしまうと、金融機能が停止してしまいます。
その一方で、大金を自宅に置いておくためには、頑丈な金庫を購入するなどのコストがかかります。それを考えれば、多少のマイナス金利は「貸し金庫代」としてしかたがないと思うひともいるでしょう。
だったら、金利の下限はどこにあるのでしょうか。スイス銀行はこれをマイナス1.25%とし、そこまで短期金利を誘導しようとしています。これが普通預金に適用されると、100万円の預金に対して年1万2500円、月額約1000円の「保管料」がかかることになります。
一般の預金金利までマイナスにするのは劇薬なので、“先進国”のデンマークですらごく一部の銀行を除いて「お金が減っていく」ことはありません。その代わり金融機関は、ATM使用料などさまざまな手数料を引き上げて収益減を補おうとしています。
マイナス金利に政策として限界があるのは、現金という代替手段があるからです。電子マネーのみにして、短期金利に合わせて減価していくようにすれば、どこまでも金利をマイナスにできます。実際、「実験国家」であるノルウェーでは、大手銀行が政府に対して「現金廃止」を要請したとのことです。
もしそうなれば、「お金を預けるとお金が減り、お金を借りるとお金が増える」という『不思議の国のアリス』のような世界がやってくるでしょう。もっとも、これまだずっと先のお伽噺でしょうが。
『週刊プレイボーイ』2016年2月29日発売号
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