横浜市内の大型マンションが傾いた事件では杭が強固な地盤に届いておらず、基礎工事を施工した下請業者がデータを改ざんしていた。同じ業者が過去10年間に手がけた物件が約3000棟に及ぶことがわかって不安が広がっている。
この欠陥マンションを購入した住民は、「何千万円もの資産が無価値になるかと思うと夜も眠れない」と語っていた。マンションを販売した大手デベロッパーが買取りを申し出ているが、他の工事でも同様の改ざんが発覚した場合、損害がすべて補償されるとはかぎらないだろう。
今回の事件を資産運用理論で説明すると、「タマゴをひとつのカゴに盛るな」ということになる。ひとつの株に全財産を投資して、その会社が倒産してしまえば一文なしだ。それを避けるには、異なるタイプの株式を保有すればいい。これが分散投資理論で、寿司屋がダメでもラーメン屋が儲かればなんとかなるのだ。
借金をして株式を買うのが信用取引で、素人が手を出してはならないハイリスクな投資だとされている。多くのひとが誤解しているが、マイホームは不動産投資の一種で、全財産を頭金にして住宅ローンを組むのは超ハイリスクな不動産の信用取引以外のなにものでもない。物件価格が大きく下落すれば、すべてを失うばかりか一生重い借金に苦しむことになる。
リスクというのは、いつかどこかで、思わぬかたちで顕在化する。不動産の信用取引をするひとがものすごくたくさんいれば、理論上、かならず誰かがババを引くことになってしまう。
これはもちろん、欠陥マンションを購入したひとが自業自得だというわけではない。マーケットの本質は不確実性で、いつ何時予想外のリスクにさらされるかわからないから、なにが起きても大丈夫なようにちゃんとリスクを分散しておきましょう、という話だ。
資産三分法は株式、債券、不動産に分散投資することで、古くから資産運用の黄金率とされてきた。でもこのルールを守ろうとすると、5000万円の不動産を買うのに1億5000万円の総資産が必要だ。この条件をクリアするのは難しいから、標準的な資産運用理論ではマイホームを持てるひとはほとんどいない。
もしあなたが数少ない例外だとしても、資産の3分の1を欠陥マンションに注ぎ込むのはイヤだろう。だからこの場合も、タマゴをひとつのカゴに盛るのではなく、5000万円でREITを買って、その配当で家賃を支払うのが理論的に正しい投資戦略になる。個別物件のリスクは機関投資家に負わせ、リスク耐性の低い個人は賃貸が合理的なのだ。
ここまでは「1+1=2」みたいな話で、難しいことはなにひとつない。でも不思議なことに、「資産運用の専門家」のなかでこういう話をするひとはほとんどいない。そしてときどき今回のようなことが起きて大騒ぎするけれど、いつのまにか「あのひとは運が悪かった」という結論になって、「マイホームは素晴らしい」といういつもの大合唱が始まるのだ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.54:『日経ヴェリタス』2015年11月8日号掲載
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