安保法制もTPPも予定調和で決まっていた 週刊プレイボーイ連載(215)

紆余曲折の末にTPP(環太平洋経済連携協定)が大筋合意に達しました。これを受けてオバマ大統領が、「中国のような国に世界経済のルールを書かせることはできない」との声明を出しましたが、このことからも明らかなように、TPPはたんなる自由貿易協定ではなく、アメリカを中心とする環太平洋圏の民主国家による対中国戦略です。

中国と同じ共産党独裁の国家資本主義であるベトナムがTPPへの参加を決断したのは、経済的な利益が目的ではなく、これが国家の安全保障に直結することを理解したからでしょう。だとすれば、同じく中国台頭の脅威を受けている日本にとって安保法制とTPPは最初からセットで、交渉から離脱する選択肢などなかったのです。

TPP参加を最初にいい出したのは民主党政権時代の菅元首相で、集団的自衛権の行使容認は野田前首相の持論です。自民党は当初、TPPに反対していましたが、政権の座に着いたとたん態度を豹変させて合意へと突き進みました。安倍政権にとっての僥倖は、農協が既得権を守るために民主党政権に擦り寄ったことでしょう。自民党の農林族はかつてのように、農家の利益を盾にTPPに反対することができなくなったのです。

このように考えると、安保法制もTPP参加も民主党時代からの既定路線で、それがそのまま安倍政権に引き継がれ、予定調和的に実現したことがわかります。国会前での連日のデモや採決での見苦しい混乱も、法案を成立させるのに必要なガス抜きとして予定表に書き込まれていたのかもしれません。デモに参加したひとたちは、「自分たちは平和を守るためにたたかった」と満足しているようですし。

ついでにいうと、消費税増税は菅政権、原発再稼働は野田政権の発案です。日本のような成熟した国家では、誰が政権の座についたとしても政策の選択肢はほとんどないのです。

安倍首相が長期政権に成功したのは、このことを理解したうえで、民主党の政策を丸呑みするリアリズムに徹したからでしょう。その結果、野党第一党である民主党は、(自分からいい出した)消費税増税やTPP参加に反対することもできず、安保法制の議論では党内の改憲派と護憲派が衝突して身動きできなくなってしまいました。しまいには共産党から「国民連合政府」構想を持ちかけられる体たらくで、このままでは共産党に吸収されて消えていった方がすっきりしそうです。

それでは、野党にもはや希望はないのでしょうか。実は、そんなことはありません。

安保法制の可決を受けて、安倍政権は今後、GDP600兆円を目指す経済政策に注力するようですが、そこでの最大の懸案が1000兆円にのぼる巨額の借金の処理であることはいうまでもありません。高齢化の加速によって年金などの社会保険制度が行き詰まるのは明らかで、負担の分配は日本社会に大きな軋轢を生じさせるでしょう。

これもまた日本の置かれた諸条件から予定調和的に決まっていることで、政権が立ち往生したときに具体的な改革案を持っている政党が次を担うことになるはずです――事実ヨーロッパでは、このようにして保守派と改革派が政権交代してきました。

もっともいまの様子では、現実的な野党が現れるにはまだまだ時間がかかりそうですが。

『週刊プレイボーイ』2015年10月19日発売号
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