ギリシアの国民投票で、EUの緊縮財政策に「NO」の民意が示されました。ただ、これによってEUとの交渉でギリシア側が有利になるとも思えず、状況はますます混迷の度合いを深めそうです。
歴史にifはなく、過去を振り返っても空しいだけですが、そもそもギリシアがユーロを導入したこと自体が間違いでした。ギリシアはユーロ建ての国債発行が可能になり、2004年のアテネオリンピックでにわか景気に沸きましたが、あとに残されたのは借金の山でした。
2009年10月、政権交代で旧政権時代の国家的な粉飾が暴かれると、世界金融危機の直後ということもあって、金融市場ははげしく動揺しました。ギリシア国債を大量に保有する大手銀行が連鎖的に破綻するのではないかとの不安から、経済危機はたちまちヨーロッパ全体に拡大します。
いまにして思えば、ギリシアにはこのときデフォルトを宣言する選択もあったかもしれません。高利回りのギリシア国債を争って買ったのは民間銀行で、彼らは「金融のプロ」のはずです。金融の世界では、返済のできない融資は貸し手の自己責任です。
ギリシアがデフォルトすれば、EU諸国やECB(ヨーロッパ中央銀行)は金融危機を防ぐために大手銀行に大規模な資本注入を余儀なくされたでしょう。しかし実際はこの荒療治を避け、民間が保有するギリシア国債を公的部門が肩代わりする道を選びました。これによってギリシアの債権者は民間から政府に変わりました。
債権者が民間金融機関なら、規模は大きくてもたんなる経済問題です。ところがEU諸国がギリシア国債を保有したことで、国家対国家の政治問題になってしまいました。ギリシアに投入される資金はEU諸国の税金が原資なのですから、支援国の国民からすれば、これは社会福祉制度と同じです。ギリシアはデフォルトを回避したことで、ヨーロッパにおける「ナマポ受給者」になってしまったのです。
ギリシアへの支援をナマポと考えれば、年金制度が支援国より優遇されていることが許されるはずはありません。失業率の高いギリシアでは、壮年層が50代で退職して年金生活に入ることで若者の職をつくろうとしてきました。ところがその間に、ドイツをはじめとする「北のヨーロッパ」は年金受給年齢を67歳まで引き上げ、「生涯現役社会」になっていたのです。
年金制度改革は支援国にとっては当然でも、ギリシア人からすれば家計を崩壊させる暴挙です。この感情的な反発を背にチプラス首相の急進左派連合は政権を獲得し、「瀬戸際外交」に打って出ました。
ところが、ギリシア政府が瀬戸際で強い交渉力を持っていたのは、世界じゅうがデフォルトを恐れていた2010年のユーロ危機のときでした。いまは債権が公的部門に移っているため、チプラス政権にはEUを脅すための材料がほとんどありません。これが国民投票を強行した理由でしょうが、ここでEU側が譲歩すれば、イタリアやスペイン、ポルトガルなどで同様の国民投票を求める声を抑えられなくなってしまいます。
マルクスがいうように、歴史は一度目は深刻でも、二度目は茶番として繰り返すのかもしれません。もっとも、その茶番によって生活を奪われるひともたくさんいるのですが……。
『週刊プレイボーイ』2015年7月13日発売号
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