「理想」を実現しても、なにもかもうまくいくとはかぎらない 週刊プレイボーイ連載(189)

チュニジアの首都チュニスの博物館をイスラーム過激派の武装集団が襲撃し、日本人3名を含む20人以上が殺害されました。被害者の多くは地中海クルーズでチュニスに立ち寄り、現地ツアーで博物館を訪れていたといいます。

豪華客船で地中海の旅を楽しむのは安全で快適な旅をしたい旅行者で、彼らには危険な地域に行くという意識はなかったでしょう。富裕な外国人観光客がテロの標的になったのは衝撃的で、この事件でチュニジアの観光業が大打撃を被るのは避けられません。

エジプトでも今年2月、自爆テロで韓国人観光客3人と観光バスの運転手が死亡しています。イスラーム原理主義者のテロ組織はシナイ半島の「イスラム国」化を目指しているとされ、エジプト在住の外国人に対し、国外に退去しなければ攻撃対象になると警告していました。

外国人観光客に対するテロが卑劣なのは、きわめて“効果的”だからす。外交官やビジネスマンとちがい、楽しむために旅行するひとたちは生命を危険に晒そうなどとは思いません。この事件を受けて自民党の政治家が「行ったらいかんと言われる所は行かんことだ」と発言しましたが、これこそがまさにテロリストの狙いです。

観光業が壊滅し、それで生計を立てていたひとたちが貧困化すれば、社会はより不安定になります。観光客を呼び寄せるには軍や警察が観光地を警備し、ホテルやレストランにも警備員を配置しなければなりませんから、大きなコストがかかります。それによって政府の財政が苦しくなれば、貧困層の不満はさらに高まり、テロ集団はそれを利用して組織を拡大していくのです。

チュニジアでは2010年末、一人の青年の焼身自殺を機に国内全土に反政府デモが広がり、長期独裁政権が転覆して大統領が国外に逃亡しました。このジャスミン革命がエジプトの民主革命、リビアのカダフィ政権崩壊、シリアでの内戦勃発などの大きな政治的動乱を引き起こしました。これが「アラブの春」ですが、それから5年も経たないうちに熱狂は幻滅へと変わります。ほとんどの国で「民主化」が実現しないばかりか、独裁時代よりも状況ははるかに悪化しているからです。

そのなかでも、国内に複雑な民族・宗教対立を抱えていないチュニジアは「民主化の優等生」と見なされてきました。野党指導者の暗殺による政治の混迷を乗り越え、憲法を制定し民主選挙を実施するところまで漕ぎ着けましたが、今回の事件はこうした努力を台なしにしかねません。

リベラルデモクラシーが、人類の歴史上もっとも自由で平等な、ゆたかな社会をつくったことは間違いありません。しかしそれと同時に、「理想の政治制度」が劇薬にもなるという苦い現実も認めざるを得ません。アメリカが大規模な兵力と財力を投じたイラクとアフガニスタンで「民主化」の実験が無残な失敗に終わったように、民族的一体感がないところでは、民主選挙が国内の権力闘争を泥沼化させてしまうのです。

欧米の政治家や知識人は、リベラルも保守派も、独裁こそが諸悪の根源だと批判してきました。そしていま、自らの崇高な理念が惨憺たる結果を招いたのを目の当たりにして、過去の失敗を取り繕い、「面倒な国々」から手を引こうと四苦八苦しているようです。

参考:ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』

『週刊プレイボーイ』2015年3月30日発売号
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チュニスの観光地スーク(市場)の入口にあるフランス門