安倍首相が年内の衆院解散・総選挙に踏み切りましたが、これは首相の政治家としての資質、というか性格をよく表わしています。それをひと言でいうなら、「嫌われたくない」です。
消費税引き上げは、民主党・野田政権時代に、野党の自民党・公明党と結んだ三党合意によって、来年10月から10%とすることが決められました。この合意には「景気弾力条項」があり、経済状況によっては引き上げを停止するとされていますが、その決断の時期が迫っていたのです。
この状況を、首相の立場になって考えてみましょう。
14年4月の8%への消費税引き上げは民主党が決めたことです。自民党も容認したとはいえ、当時は谷垣総裁ですから、消費税増税を後日批判されるようなことになっても安倍首相はいくらでも言い逃れできます。それに対して10%への引き上げは首相の判断に任されており、言い訳はききません。増税を喜ぶ国民はいませんから、今度は自分が憎まれ役にならなければならないのです。
望ましいのは増税を止めてしまうことですが、景気弾力条項で想定されているのはリーマンショックのような経済危機で、アベノミスクで「好景気」をアピールしている以上、この方便は使えません。それでも増税を延期すれば、野党から「(三党合意を反故にした)嘘つき」呼ばわりされることは避けられません。これはプライドの高い首相にとって、我慢できない状況でしょう。
ところが10月31日の日銀の追加金融緩和によって、思いがけず円安と株高が進みました。これによって、「選挙で信を問う」という都合のいい道が開けたのです。「嫌われたくない」安倍首相が、この千載一遇の機会を見逃すはずはありません。日銀は消費税引き上げを後押しするつもりだったのでしょうが、体よく利用されていい面の皮です。
与党内でも批判があるように、今回の衆院解散は胡散臭さが否めません。それは誰もが知っているように、いずれは大幅な消費税増税が避けられないからです。
年金や医療保険の大盤振る舞いを続け、「景気回復」を旗印に公共事業でお金をばらまき、財政赤字でも増税せずに国債を増発して1000兆円を超える天文学的な借金を積み重ねたのは歴代の自民党政権です。財政の専門家のあいだでは、財政破綻を回避するためには消費税率を北欧並みの20~25%に引き上げる必要があるということで意見が一致しています。
もちろん、金融政策と経済成長で税収が増えれば問題は解決する、というひともいます。しかし今回の選挙で、首相自ら「成長戦略の要」と位置づけていたカジノ法案や改正派遣法、女性活用法案の成立はすべて放棄されました(そのうえ野党が消費税先送りを容認したことで、選挙の争点すらなくなってしまいました)。
8%への消費税増税は、汚れ仕事を民主党に押しつけ、責任を免れることではじめて可能になりました。10%への引き上げは17年4月への1年半の先送りが検討されているようですが、そこでほんとうに増税できるかはわかりません。「嫌われたくない」政権が消費税引き上げを決断できるのは、都合のいいスケープゴートが見つかったときだけなのです。
もっともそんなにウマい話が転がっているわけはありませんから、私たちはこのまま日本の財政赤字がとめどもなく膨張していくことを覚悟したほうがよさそうです。
『週刊プレイボーイ』2014年11月25日発売号
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