埼玉県富士見市のマンションで2歳の男児が遺体で見つかった事件で、26歳のベビーシッターが死体遺棄容疑で逮捕されました。子どもを預けた母親は夫と別居していて、生活保護を受けながら週2日ほど夜の仕事をしていたといいます。この事件はシングルマザーが置かれているきびしい状況を浮き彫りにしました。
保育事業を所管する厚生労働省はベビーシッターについて、「信頼できる認定事業者を利用してほしい」というだけで、具体的な対策はなにひとつしていません。なんにでも首を突っ込んで権益を拡大したがる官僚がこの問題に無関心なのはもちろん理由があります。
認定事業者に子どもを一晩預けると3~4万円の費用がかかりますが、男児の母親の仕事は時給2000円でした。これでは働くほど赤字になってしまいますから、インターネットで安く預かってくれるシッターを探すしかなかったのです。
この問題を解決するもっともかんたんな方法は、事業者に補助金を出して安く子どもを預けられるようにすることです。しかしこれでは夜遊びに使う親がいるかもしれないし、それ以前に巨額の費用が必要になります。政府や自治体にそんな余裕はありませんから、目の前に困っている国民(市民)がいても見て見ぬふりをするのです。
政府が「待機児童ゼロ作戦」を始めたのは小泉政権の2001年ですが、それから13年たったのに事態はまったく改善しないばかりか、ますます悪化しています。このようなことが起きるときは、たいていどこかに構造的な原因があります。
認可保育園に入所を希望する子どもは、申請をあきらめている潜在的待機児童を含めると全国に85万人もいます。これほど需要が大きければ、当然、そのサービスを供給しようとする事業者が現われるはずです。
しかし日本の保育事業ではこうした市場原理が働きません。国が認可保育園に巨額の補助金を投入して保育料を安くしているため、(補助金の投入されない)未認可の事業者が市場に参入できないからです。
保育の業界団体や労組は、「子どもの安全」を錦の御旗にあらゆる改革に強硬に反対しています。彼らが容認する待機児童対策は予算の増額で認可保育園を増やすことだけで、そのため厚労省は「(予算の裏づけとなる)消費税が上がらなければなにもできない」と問題を放置しつづけてきたのです。
待機児童をなくすには、事業者への補助金の投入をやめ、保育事業を市場原理に戻す必要があります。そうすれば大きな需要があるビジネスに多数のベンチャーが参入し、サービスの質は向上し、非効率な経営をする事業者は淘汰されていくでしょう。
もちろんその場合、保育料はいまよりも高い市場価格になります。これでは貧しい家庭は利用できませんが、その場合は保育バウチャー(特定の支払にしか使えない金券)を配布して保育料を補填すればいいでしょう(ベビーシッターの問題はもうすこし複雑ですが、考え方は同じです)。
経済学では、事業者に補助金を払って市場を歪めるよりも、市場原理を働かせながら、サービスを必要とするひとを直接援助した方がずっと効率的なことがわかっています。しかしこれは既存の事業者にとって最悪の改革ですから、彼らは子ども犠牲にして既得権にしがみつき、自分たちの利益を守ろうとしているのです。
『週刊プレイボーイ』2014年4月7発売号
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