この原稿が掲載される時には新しい東京都知事が決まっているでしょうが、今回も“泡沫候補”と呼ばれるひとたちがたくさん出馬していました。世の中に訴えたい主張と強い信念を持ちながらもマスメディアから相手にされず、選挙活動以外に自らの真実を伝える方途はないと思いつめたひとたちで、都知事選はとりわけこうした候補者が多く集まることで知られています。“泡沫”とはいえ知事選の供託金は300万円で、それをドブに捨てる覚悟なのですから、その思いが真剣なのは間違いありません。
選挙公報をちゃんと読んでみると、“泡沫候補”が売名目的でデタラメばかりいっているわけではないことがわかります。
たとえば“スマイル”を旗印にする候補のマニュフェストには、「うつ病革命」として、副作用のある抗うつ剤の全面禁止と、抗うつ剤を多剤大量投与している悪徳精神科医の医師免許剥奪が掲げられています。
欧米や日本で、大手製薬会社が開発した新型抗うつ剤SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の導入とともに、うつ病患者が激増するという奇妙な現象が確認されています。「製薬会社が利益率の高いSSRIを販売するために“うつ病を投薬で治す”というキャンペーンを展開し、それに精神科医が協力したからだ」と批判する専門家もいますから、これはけっして奇異な主張ではありません。
ただしこの候補者は、抗うつ剤に代わる「スマイルセラピー」への保険適用強化を訴えていて、これがどんなものなのかもうひとつわかりません。またホテル、レストラン、受付などの接客スタッフに「スマイルトレーニング」をし、それでもスマイルができないと接客ロボットに代えるという公約もあり、このあたりが“泡沫”と扱われる理由と思われます。
それ以外にも、「原発をいますぐ廃止して、LNGを燃料とするガスコンバイントサイクル発電所を増設せよ」とか、「日本とマレーシアの虹の架け橋になる」という公約を掲げて立候補したひとがいました。いずれも立派な主張ですが、都政とどうかかわるかが見えないと得票にはつながらないでしょう。
「直参旗本の家系で東京四百年在住」という発明家(この方は有名です)の「科学で渋滞を解消する」という提言や、「東京を『天国の首都』に」「トップガン政治」などのキャッチフレーズも気になりますが、今回いちばん目を引いたのは「新憲法で未来へのチャレンジ」という立候補の趣旨でした。
この候補者は現憲法を、敗戦という極限状況のなかで日本がGHQを通して連合国世界に最大限の譲歩をさせた「奇跡的な憲法」と高く評価し、「押しつけ」との批判を一蹴します。そのうえで、自衛隊の位置づけが曖昧なままでは米軍に依存せざるを得ないことと、政教分離の規定がある以上靖国問題が解決できないことを理由に、憲法の建設的な改正を説くのです。
同じく「憲法改正」掲げる“泡沫”でない候補者より、こちらの方がずっと説得力があるような気がします。あっ、このような比較をするのは〝泡沫〟に失礼かもしれませんが。
『週刊プレイボーイ』2014年2月10日発売号
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