「あらゆる問題は解決されるべきだし、解決できる」と考えているひとがいますが、世の中には原理的に解決不可能な問題が存在します(というか、実はそれがほとんどです)。そしてここに暴力(とりわけ国家の暴力)がからむと、目を覆わんばかりの悲惨な事態を招きます。中東・シリアでいま起きていることはまさにその典型です。
第一次世界大戦でオスマントルコが崩壊した後、中東はヨーロッパ列強の支配下に置かれ、歴史や文化、民族構成とは無関係に分割されました。この時期、フランスの委任統治領だった地域が現在のシリアで、アラブ人が人口の9割を占めるもののクルド人やアルメニア人もおり、国民の7割がイスラム教スンニ派ですが、2割はシーア派、1割はキリスト教徒です。
シリアの政治権力を独占しているのはシーア派のなかでも少数派のアラウィー派に属するアサド一族で、空軍司令官だったハーフィズ・アル=アサドが1970年にクーデターで権力を掌握して以来、親子2代にわたって独裁政権を維持してきました。
宗教的少数派であるアサド一族は、宗派を超えてアラブ民族の栄光を取り戻すことを目指す(汎アラブ主義の)バアス党を権力の基盤とし、イスラム主義による政教一致を求める多数派(スンニ派)のムスリム同胞団を徹底して弾圧してきました。シリアはエジプトに次ぐ中東の軍事大国ですが、アラウィー派のバアス党員で構成された最精鋭の共和国防衛隊や秘密警察は、“イスラム原理主義者”からアサド一族を守るための組織なのです。
独裁政権による弾圧のなかで最大のものは1982年のハマー虐殺で、ムスリム同胞団の拠点であったハマーの町をシリア軍が攻撃し、多数の(犠牲者数の推計には1万人から4万人まで大きなばらつきがある)市民が殺されました。
シリアの内戦は“宗教戦争”で、シーア派のアサド一族の背後にはイランとヒズボラ(レバノンのシーア派武装組織)がおり、それに対抗する反政府勢力はサウジアラビアなどスンニ派の大国と英米仏など“反イラン”の西欧諸国の支援を受けています。双方が容易に武器を入手できる以上いつまでたっても決着はつかず、このままでは戦闘がえんえんとつづくだけです。
長年の圧制に苦しんできたスンニ派のひとびとのアサド一族とアラウィー派への憎悪は深く、いったん立場が逆転すれば旧体制への徹底した報復が行なわれるのは明らかです。現政権もそのことを熟知しており、“反乱軍”を皆殺しにする以外に生き延びる道はないと考えます。この状況を打開するには10万人規模の平和維持軍を送り込み、内戦終結後の治安維持を保障しなければなりませんが、イラクでの失敗の後、アメリカも含めどこもそんな火中の栗を拾おうとは思いません。
首都ダマスカス近郊で化学兵器が使用され、サリンと見られる神経ガスで市民など1300人以上が死亡する悲劇が起こりました。現在はアメリカの主導で政府軍への空爆が検討されています。
しかし中途半端な介入では、事態はなにひとつ変わらないでしょう。シリアの内戦による死者は10万人を超え、さらに悪化の一途を辿っていますが、終わりなき殺し合いを止めるための知恵は誰も持っていないのです。
『週刊プレイボーイ』2013年9月9日発売号
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