グローバル資本主義を批判するひとたちがウォール街を占拠してから、「1%の金持ちと99%の貧乏人」というのはすっかり決まり文句になった。たしかに、とてつもない大金持ち(ビリオネア)がいる一方で中産階級が貧困層に没落していく構図は先進国に共通している。
しかしその一方で、まったく異なる景色を見せてくれるデータもある。
スイスの大手金融機関クレディ・スイスが2012年10月に発表した世界の富裕層ランキングによれば、純資産100万ドル以上を持つ富裕層は1位がアメリカの約1100万人(人口比3.5%)、2位が日本の約360万人(同2.8%)、3位がフランスの約230万人(同3.6%)となっている。
「ワールド・ウェルス・レポート」(2012)ではイギリスの資産運用会社が、居住用不動産を除いて100万ドル以上の投資可能資産を持つ富裕層の数を推計している。それによれば1位はやはりアメリカの約300万人(人口比1%)で、2位は日本の約180万人(同1.4%)、3位はドイツの95万人(同1.1%)だ。これを富裕層の定義とするならば、日本はアメリカを抜いて、人口比では世界でもっともゆたかな国になる。
日本では、自宅不動産を含めて1億円以上の純資産を持つひとが360万人、投資など自由に使える1億円以上の資産を持つひとが180万人いる。これはどういう数字なのだろうか。
国勢調査によると、2010年度の日本の世帯数は約5200万、1世帯あたりの平均は2.46人になる。そこで「ミリオネア世帯」の比率を計算してみると、居住用不動産込みで人口の約7%、14世帯に1世帯が「億万長者」ということになる(自宅を別にすれば全世帯の約3.5%)。
これはアメリカも同じで、1100万人の富裕層を総世帯数の1億1700万で割ると、その比率は9.4%になる。じつに10世帯に1世帯が「ミリオネア」なのだ(ちなみにこれはフランスも同じ)。
「大金持ちはわずか1%」という数字は氾濫しているが、「先進国では10人に1人がミリオネア世帯で暮らしている」というデータはほとんど無視されている。「格差社会」を批判する社会運動家にとって、富はけっこう均等に分布しているというのは不都合な事実だからだろう(日本の場合、「富は高齢者に偏在している」とはいえる)。
ビリオネアは10億ドル(約1000億円)以上の資産を保有する超富裕層で、私たちのほとんどは縁がない。だが日本やアメリカのようなゆたかな社会ではミリオネアになることはけっして不可能ではないし、実際に10人に1人は“ミリオネアの暮らし”をしているのだ。
努力すれば誰でも億万長者になれる社会では、貧乏は自己責任になるほかはない。現にアメリカではそのように考えられている。
私は個人の責任を過剰に問う社会が素晴らしいとは思わないが、ゆたかな社会の現実を否定することにも意味はない。良くも悪しくも、私たちはこういう世界に住んでいるのだ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.35:『日経ヴェリタス』2013年9月8日号掲載
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