2012年10月、コーヒーチェーン大手のスターバックスの英国法人が、過去3年間に4億ポンド(約600億円)の売上げがありながら法人税をほとんど納めていなかったと報じられ、消費者団体などから不買運動を起こされた。これをきっかけに税の公平性に世界の注目が集まり、アメリカでもアップルやグーグルといったグローバル企業が批判にさらされた。
最近の税をめぐる議論の特徴は、お定まりのタックスヘイヴンへのバッシングではすまなくなっていることだ。
アップル、グーグル、スターバックスなどの租税回避に登場するアイルランドやオランダは、ヤシの木と海しかない南の島ではなくEUの主要国だ。そして両国とも、国際社会の批判にもかかわらず“タックスヘイヴン政策”を見直す気はさらさらないようだ。
その一方で、スターバックス問題で“被害者”となったイギリスは、チャンネル諸島、マン島、ジブラルタルなどの自治領がタックスヘイヴンで、それ以外にもカリブ海や南太平洋、アジア(香港、シンガポール)、ヨーロッパ(マルタ、キプロス)など世界各地の旧植民地が、英系金融機関と密接な関係のある租税回避地として知られている。ロンドンの金融街シティがウォール街に対抗する最大の武器が、世界じゅうに張りめぐらされたオフショア金融ネットワークであることは周知の事実だ。
G20などの国際会議でタックスヘイヴン規制が議論されているが、こうした場で規制強化に強硬に反対するのはきまってイギリス代表だという(志賀櫻『タックスヘイヴン』〈岩波新書〉)。そのイギリス政府がグローバル企業の租税回避を批判するところに、この問題の複雑さが象徴されている。
それ以外でも、同様の混乱は至るところで見られる。
フランスではオランド政権の富裕層課税に反発して、高級ブランドを展開するモエヘネシー・ルイヴィトンの最高経営責任者(CEO)などが続々と国外に脱出したが、彼らが向かった先はタックスヘイヴン国ではなく隣国のベルギーだった。ベルギー南部はフランス語圏で、なおかつ所得税がフランスより低い。億万長者の移住によって、国境に近い街は“特需”に沸いているという。
ヨーロッパでは国境の壁が低く、富裕層はいとも簡単に国籍を変えてしまう。そのため“重税国家”として知られるスウェーデンは、2007年に相続税や贈与税を廃止してしまった。税を課して出て行かれるより、無税でも国内に留まってもらうほうが有利だと割り切ったのだ。
参院選が終わって、これから日本でも本格的に税制問題が議論されることになる。だが「法人税減税はけしからん」とか「相続税を引き上げろ」というこの国の政治家やメディアの論調を聞いていると、いま世界で起きていることを理解しているのか不安になる。
国際的な税制は国益の最大化をめぐる権謀術数の場で、道徳と説教で決まっているわるけではないのだ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.34:『日経ヴェリタス』2013年8月11日号掲載
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