前回、居酒屋などで2割引のクーポンが乱発されていることを書いた。今回はその続きだ。
私が住んでいる町では、日が落ちる頃から居酒屋の呼び込みが大挙して現われる。「お安くしときますよ」と通行人に片っ端から声をかけ、店に客を連れて行こうとさかんに勧誘する。
こうした呼び込みのいる店と、割引クーポンを出している店はほぼ重なっている。
呼び込みが客を連れてくると、店は飲食代金の20%を“成功報酬”としてキックバックする。20人の団体客をつかまえて、飲み放題込みで1人3500円のコースを注文してもらえば、売上げ7万円の2割=1万4000円が呼び込みの取り分になる。これは時給1000円として14時間分の労働に相当するから、思いのほか割のいい仕事だ。
町に呼び込みが溢れるようになったのも、この成功報酬制から説明できる。客を連れてこなければ店は1銭も払わなくていいのだから、呼び込みの数は多ければ多いほどいいのだ。
飲食代金の2割が最初から販促費として計上されていれば、直接来店した客に2割引のクーポンを出すのも当たり前だ。店としては、呼び込みに報酬を払おうが、客に還元しようが、同じことだからだ。
このように考えると、呼び込みに連れられて居酒屋に行くのは経済合理的な行動ではないことがわかる。スマホで調べれば、ほぼ間違いなく割引クーポンが見つかるからだ。
成功報酬型のマーケティングはアフィリエイトとしてインターネット上を席巻しているが、よく観察してみるとそれ以外でもあちこちで見つかる。
居酒屋の呼び込みの原型は、繁華街などでよく見かけた「黒服」と呼ばれる一団だろう。彼らは一人で遊びに来る若い女の子に声をかけ、キャバクラなどの風俗店に紹介し、売上げの一部をキックバックとして受け取っていた。もちろん客を連れて行ってもキックバックは発生するから、理屈のうえでは、直接来店でその分だけ料金をまけてもらえるはずだ(やったことがないのでわからないが)。
マルチ商法やネットワークビジネスはユーザーを営業マンに仕立て上げる成功報酬型マーケティングで、いったん波に乗ると爆発的に成長し、一挙に崩壊する。これに引っかかると人生が破綻するから注意が必要だ。
世の中にこれほど成功報酬型マーケティングが広がっているのなら、消費者の側も自衛が必要になる。もっとも簡単で確実なのはあらゆる勧誘を無視することで、もうすこし上級になると、売主と直接取引して販促費の分だけ割り引いてもらうこともできるだろう。
私はもちろん企業の営業努力を否定するつもりはないが、しかしそれでも、ネットに氾濫する割引クーポンや、通行人を遮る居酒屋の呼び込みを見て複雑な気分になる。
呼び込みと割引クーポンの併用は、ある意味、正直者がバカを見る販促方法だ。売り手と買い手が騙し合うことを前提とした商売は、いつまでも続かないんじゃないだろうか。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.32:『日経ヴェリタス』2013年6月23日号掲載
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