北朝鮮のミサイル発射は地震と同じ? 週刊プレイボーイ連載(96)

 

北朝鮮による挑発がますます過激になっています。この原稿を書いている時点(4月17日)では、いつミサイルが発射されてもおかしくない状況です。

韓国と「戦争状態」にあると宣言し、平壌の外国大使館員に退去を勧告し、さらには「1940年代の核の惨禍とは比べられない災難を被る」と、ヒロシマ・ナガサキを引き合いに出して日本を核攻撃すると脅しています。その北朝鮮が実際に「核保有国」になったというのですから、日本の安全に対する重大な脅威であることはいうまでもありません。

しかしその一方でほとんどの専門家が、北朝鮮が実際に戦争を始めることに懐疑的です。

北朝鮮の目的は、金正恩に代替わりした「金王朝」を国際社会(とりわけ米国)に認めさせ、軍や政府高官の身の安全と利権を守るための条件闘争なのですから、開戦してしまえば交渉の余地がなくなってしまいます。中国が「同胞」北朝鮮のために米国と戦うわけもなく、いまの貧弱な装備では1週間もたたないうちに米韓連合軍に全土を占領(解放)されてしまうでしょう。

それでは、北朝鮮の挑発行為を「負け犬の遠吠え」として聞き流しておけばいいのでしょうか。

1914年6月28日のサラエボで、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻を乗せた車の運転手が曲がり角を間違え、行き止まりの路地に迷い込んでしまいました。そこにたまたま銃を持ったセルビア人の19歳のテロリストがいて、皇太子夫妻を射殺してしまいます。

この偶然の事件が、オーストリア、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、トルコのあやうい均衡を崩壊させ、ヨーロッパは第一次世界大戦で1000万人を超える死者を生みました。

運転手が道を間違えなければ、第一次世界大戦は起こらなかったのでしょうか。歴史に「if」はありませんから、これは誰にもわかりません。しかし「歴史物理学」では、歴史には大地震と同じような性質があると考えます。

日本列島の地下では4枚のプレートがぶつかりあっていて、日常的に細かな地震が計測されますが巨大地震はめったに起きません。ところがプレート同士の圧力が大きくなって臨界状態に達すると、わずかな地殻の変動が破滅的な地震を誘発するのです。

同様に、国境を接する国同士は緊張関係にあり、局地的な衝突が頻繁に起きますが、全面戦争にまでは発展しません。戦争のコストはとてつもなく大きく、しばしば権力の崩壊や交代を招くからです。しかし国家間の緊張が高まって臨界状態に達すると、偶発的なトラブルが憎悪と復讐の連鎖を生み、どの国の為政者も後戻りできなくなって、雪崩のように戦争へと突入していくのです。

もちろんいま、北朝鮮が暴発したとしても、それがきっかとなって世界戦争が起きることはないでしょう。経済的な繁栄を謳歌するアジアの国々が、戦争への臨界状態にあるとはとても思えません。

しかし唯一、グローバリゼーションから取り残された北朝鮮だけが異なるゲームを行なっています。北朝鮮の新指導部内で、権力闘争が臨界状態になっている可能性はじゅうぶんにあるのです。

参考文献:マーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』 

『週刊プレイボーイ』2013年4月22日発売号
禁・無断転載