電子書籍、WEB、出版の未来 Bookscanインタビュー

『ブログ』は約1200字のメディアなので『単行本』と両立できる

―― なるほど、面白いですね。ところで、橘さんは月にどれくらい本を読まれますか。

2日に1冊として15冊。だいたい10冊~15冊くらいでしょうか。

―― 例えば、2冊同時に読破する形ですか。それとも何冊かを同時に読んでいて、合計だいたいそのぐらいになるとか。

基本的に1冊読み始めたらそれを最後までっていう、古典的な読み方ですね。

―― その中に、行間に何か記したりとかされますか。

あんまりしないですね。そのかわり、最近は本の感想をブログにアップするようにしています。本を読んで面白い部分があっても、たいていはすぐに忘れちゃうじゃないですか。それを抜き書きするんだったら、自分のブログにアーカイブしたほうが後で検索しやすいと思って始めたんですが、結構読んでくれる人がいるんです。そうすると「ちゃんと書かなきゃ」というモチベーションになって、最近は使えそうな部分にマーカーを引いたりとか、なんかブログのネタを探すという感じですね(笑)。

あと、Twitterはメモというか、備忘録に使っています。すこし前ですが、「スペイン政府が用意した財政支援資金180億ユーロのうち、60億ユーロは宝くじの収益」という記事が新聞に載っていました。宝くじというのは形を変えた税金なんですが、増税が限界に達したスペインは、宝くじで財政再建しようとしているんです(笑)。こういう記事を見つけたときは、その都度Tweetしておけば具体的な数字を後から検索できると思ったんですが、これも結構RTしてもらえて面白いです。

―― 今書かれているブログですが、『(日本人)』の場合でもそうですけど、補完し合っているというか、読んでいる中でこの文章どこかで読んだ記憶があるな、と思うと、橘さんのブログの方にもその件が書かれていたり、そういう意味では横断的と言いますか、すごくわかりやすいなって思います。

そういうふうに読んでいただけるのは非常にうれしいです。ブログを始めてまだ2年ほどなんですけど、なんとなくわかったのは、ブログというのは1200字~2000字ぐらいのメディアなんですね。それ以上書いても、長すぎて最後まで読んでもらえない。雑誌でいうコラムなんですが、そうはいってもすべての話題を1200字で説明できるわけはないので、その背景にある理屈というか、考え方は単行本で展開するしかない。「なんでこんな奇妙なことを書いてるんだろう」と不思議に思ったブログの読者が、その理由を知りたくて単行本も読んでくれる。そうなれば、単行本とブログは両立するんじゃないかと、なんとなく考えています。

個人が出版社を通さずに本をだすとすべてのリスクも個人にかかる

―― WEB関連のプロジェクトをいくつか始められたようですが。

橘氏:20127月から、Yahoo!ニュースBUSINESS に記事の配信を始めました。次いで9月26日から、Yahoo!ニュース本体のなかに「個人」というジャンルができて、そこに「不愉快なことには理由がある」という著者ポータルを開設しました。Yahoo!ニュースの配信者を個人に開放するというプロジェクトの一貫で、将来的には、ロイターとかCNNの間に「橘玲」配信の記事が入ってくるかもしれない。新聞などのマスメディアとまったく同じ扱いで、一切検閲なしに好きなことを個人がYahoo!ニュースに配信できるんです。考えてみたらすごいことですよね。

―― 校正はまったくないんですか。

はい。『○×銀行がつぶれる』と配信したら、それがそのまま載ってしまう(笑)。

―― かなり影響力が(笑)。

トップニュースに入れば何百万PVの可能性もあるわけですから、その配信権を個人が持つということだけでもすごく刺激的な試みです。ただ、これは電子書籍でも同じだと思うんですけど、私のように出版社を通じて本を出したり、雑誌に記事を書いてる人間の感覚だと、リスク管理を最初に考えるんです。新聞や雑誌、単行本もそうなんですが、出版社は著者に原稿を発注して、できあがったものに法的・社会的な問題があると思えば、書き直しを要求したり、掲載や出版を拒否できます。その代わり、名誉棄損などで訴えられた場合は著者と出版社の共同責任になる。

ところがYahoo!は自らを“導管”と位置づけているから、配信記事を事前にチェックする仕組み自体を持っていない。トラブルが起きた時は記事を書いた本人が100%責任取るしかないし、契約上もそうなっています。もっともこれは当然で、好きなことを書いて責任はYahoo!が取ってくれるなら、私だってなにをやり始めるかわからない(笑)。

―― そう考えると、今度は書き手のリスクがあまりにも大きくなりませんか?

実際には、トラブルが起きれば、筆者個人だけではなくYahoo!もいっしょに訴えられるでしょうけど。個人を訴えたって、賠償金が支払われる保証はないわけですから。

これはすでに判例があって、ロス疑惑の三浦和義氏がアメリカで拘束中に自殺したときに、手錠姿で連行される写真を産経新聞がYahoo!ニュースに配信したんですが、これを遺族が「故人の名誉を毀損した」と訴えて、両社に66万円の賠償が命じられています。このときYahoo!は、ニュース会社から配信される記事をそのまま掲載しただけで、契約上も責任はないと主張したんですが、判決では産経新聞との連帯責任が認められています。Yahoo!ニュースの社会的な影響力を考えれば当然なんでしょうが、契約上はともかくとして、Yahoo!もリスクを負っているわけです。

―― たしかに、電子書籍の法的リスクというのはこれまでほとんど考えたことがありませんでした。

数年前の第一次電子書籍ブームのとき、印税が8割になると騒がれましたが、ここでも法的リスクについてはほとんど議論されませんでした。出版社で本を出すと印税は10%なのに、電子出版なら出版社も取次も書店も不要だから、決済手数料を引いても80%が著者のものになるという話なんですが、すべてのリスクを個人が引き受けなくてはならないと考えると、正直、どこまで有利なのか見当がつかない部分がありますね。何万部もダウンロードしてもらえる大きなビジネスになれば別でしょうが。

これまでは、紙の発注や印刷・製本だけでなく、できあがった本を取次(本の問屋)に卸して全国の書店に配本してもらうという流通の部分が個人ではほとんどできなかったのは確かです。新しいテクノロジーによって、著者がダイレクトに電子書籍を制作・宣伝・販売できるようになったのは大きなイノベーションだと思うんですが、経済的リスク(書籍の制作コスト)が軽減されても法的なリスクは逆に大きくなるかもしれず、そこを慎重に考えないといずれ大きなトラブルが起きるのではないかと思います。

―― 技術革新が言論の自由を促進させるのかっていうところですよね。

個人のブログはプライベートな日記のようなものなので、事実誤認や名誉棄損で抗議されても、謝罪して削除すれば(ふつうは)それ以上の責任を負う必要はないはずです。ところが同じ記事をYahoo!ニュースに配信するとなると、こちらは完全にパブリックじゃないですか。本来、プライベートだったものをパブリックなところに持って行ったときにどうなるのかというのは、これまであまり例がないので、そういう意味では面白い社会実験だと思って参加させてもらいました。いまのところは、出版社から許可をもらって『週刊プレイボーイ』の連載を1週間遅れでアップしていますが、将来的にはもっといろいろなことを試してみたいと思っています。