YAKUZAも規制
米上院小委員会の報告書は、HSBCアメリカ(HBUS)のコンプライアンス部門の惨状を生々しく描いている。
HBUSは週60万件のドル決済を行なっており、その5%=3万件がOFACフィルターに検知される。だがHBUSには、これを処理する人員がニューヨークとデラウエアに各4人ずつ、計8人しかいなかった。1人当たり毎月3800件、1日200件を扱う計算だ。彼らは営業現場から強い督促を受けながら、迅速かつ正確に不正取引を見つけ出さなくてはならない。もちろん現実にはこんなことは不可能で、HBUSから報告される不正送金の件数はきわめて少なかった。
HBUSのコンプライアンス部門は、常にグループの送金部門に対し正確な送金情報を送るよう求めていた。だが皮肉なことに、この要請が守られたなら彼らの作業量は膨大になり、機能停止してしまうのだ。
実際、2010年にHSBCがより高性能のOFACフィルターを使い始めると、1万7000件もの未処理案件が積みあがる異常事態になった。このとき世界的な大銀行は、あろうことか約4カ月にわたってフィルタリングを止めてしまい、何の訓練も受けていないボランティアを社内で募ったのだ。
米上院小委員会は、HSBCのコンプライアンス軽視を収益優先だと批判する。たしかにそうした側面はあるだろうが、OFACの規制にどれほどの効果があるのかも合わせて問わなければ不公平だ。
OFACのブラックリストはネットに公開されていて、そこでJapanの項目を見ると、Yakuza、Gokudoなどと並んでYamaguti-gumiが挙げられている。だがこれでは名義人欄に「山口」を含むすべての送金がフィルターに引っかかってしまうし、反社会的組織が「ヤクザ」「極道」「山口組」などの名義で海外送金するとも思えない。他も押して知るべしだとすれば、そもそもOFAC規制を守るのはバカバカしいだけだ。もちろんそんなことは口が裂けてもいえないだろうが、欧州の大手銀行がこぞって米国の規制を無視していたことが彼らの本音を示している。
NY州と連邦政府の権益争い
スタンダード銀のイラン不正取引問題は、米連邦政府とニューヨーク州の権益争いでもあった。米国では銀行免許は州政府が発行するので、連邦政府に先んじて独自に罰金を科すことができるのだ。
ニューヨーク州金融サービス局はクオモ州知事の肝いりで11年10月に設立され、知事の選挙参謀だったロースキー局長は有権者にわかりやすい「成果」を求めていた。銀行免許の取り消しを脅しに罰金を州に支払わせることが目的だとすれば、急転直下の解決はシナリオどおりで、連邦政府は本来なら国庫に入るはずの3億4000万ドルをさらわれたことになる。
それ以外でも、米国の複雑な仕組みが国際金融の現場を混乱させている。
“Uターン取引”の例外規定は、米国の対イラン制裁強化にともなって2008年に打ち切りとなり、現在はイランとの米ドル取引は認められていない。そのため日本は円建てで、中国はユーロ建てでイランから原油・天然ガスを購入しているが、こうした米ドル以外の決済にまでOFACの規制の手は伸びてきている。
決済業務は装置産業で、1カ所に施設を集中させた方が効率がいい。そこでHSBCは、ユーロなどの決済もニューヨークの決済サーバーで行なっている。だがOFACは、データが米国内にある以上、それも規制対象だといいだしたのだ。
HSBCはロンドンに新たにユーロ決済のためのサーバーを設置してこの規制から逃れようとしているが、すでにそのことが問題視されはじめている。米国が「テロとの戦い」の正義を振りかざすかぎり、“不正”送金をめぐる混乱はこれからも続くだろう。
経緯やデータなどはニューヨーク州金融サービス局「Order Pursuant to Banking Law 39“In the Matter of Standard Chartered Bank”」および米上院常設小委員会の報告書「U.S. Vulnerabilities to Money Laundering, Drugs, and Terrorist Financing: HSBC Case History”」より。
『日経ヴェリタス』2012年9月2日号掲載
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