滋賀県・大津市立中学2年生の男子生徒(当時13歳)が昨年10月に自殺し、大きな社会問題になっています。さまざまな議論がなされていますが、ここではなぜ、いじめ自殺は公立中学でしか起こらないのかを考えてみたいと思います。こうした悲劇は、高校や私立中学が舞台となることはほとんどないのです。
高校でいじめ自殺が起きない理由は、誰でもすぐにわかります。高校は義務教育ではないので、いじめられて学校がイヤになった生徒は退学してしまうのです。だとしたら中学も義務教育をやめて、自由に退学できるようにすればいじめ自殺はなくなるはずです。もちろん「中学中退」ではその後の人生はきびしいものになるでしょうが、死んでしまうよりはずっとマシです。
「義務教育の廃止」という劇薬を飲む前に、私立中学ではなぜいじめ自殺が起こらないのかも考えてみましょう。これはもちろん、私立中学の生徒の倫理観が高かったり、教師が理想の教育に身を捧げているからではありません。私立だろうが公立だろうが、生徒も教師も同じようなものです。
私立中学と公立中学では、いじめに対するインセンティブ(動機)と選択肢がちがいます。わかりやすく説明してみましょう。
公立中学の教員は公務員ですから、いじめ自殺のような事件が起きると社会からバッシングされますが、首をすくめて嵐が過ぎるのを待っていれば、いずれは平穏な生活が戻ってきます。
それに対して都市部の私立中学ははげしい生徒の獲得競争をしていて、いじめ自殺はもちろんのこと、「あの学校は荒れている」という評判が立っただけで、優秀な生徒を他校に取られてしまいます。入学者が激減すれば経営が成り立たず、学校は倒産、教師は解雇されてしまうかもしれません。私立中学の経営陣や教師は、「悪い評判を立ててはならない」という強力なインセンティブに動かされているのです。
私立中学では、いじめを根絶するためにどのような手段を使っているのでしょうか? これはきわめてかんたんで、問題のある生徒は片っ端から退学処分にしてしまうのです。
これはかならずしも「教育的」とはいえませんが、それでもいじめに対する生徒のインセンティブを大きく変えていきます。私立中学でも教師に気づかれない陰湿ないじめはあるでしょうが、彼らも損得勘定くらいできますから、暴行や恐喝のような「退学リスク」の大きないじめは抑制されるのです。
それに対して公立中学の教師は退学という“暴力”を行使することができず、いじめる側の生徒とも3年間つき合っていかざるを得ません。こうした生徒はクラス内での影響力が大きく、きびしい指導で対立すると学級運営が崩壊してしまいます。大津の事件でも、暴力行為を目撃した教員が「あんまりやりすぎるなよ」と注意しただけだったと批判されていますが、それ以上のことなどできない、というのが現場の本音ではないでしょうか。
未来に大きな可能性が待っているのに、わずか13歳で生命を絶つほど悲惨なことはありません。こうした悲劇を繰り返さないためには、すべての中学を民営化して生徒の獲得を競わせると同時に、退学処分の権限を与えればいいのです。
『週刊プレイボーイ』2012年7月23日発売号
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