東京電力による家庭向け電気料金の値上げ申請が強い批判を浴びています。自らの失態で原発事故を起こし、多くのひとに迷惑をかけているにもかかわらず、利用者に負担を求めるのはけしからん、というのです。
これはたしかにもっともですが、「社員の給料を下げろ」とか、「OBの年金を減らせ」というだけではたんなるバッシングになってしまいます。ほとんどの社員やOBは、原発事故とはまったく関係のない仕事をしている(いた)からです。
彼らに「責任を取れ」と求める根拠はどこにあるのでしょうか。
議論の前提として、東電が原発事故に対して「無限責任」を負っていることを確認しておきましょう。法律上は、「異常に巨大な天変地異」による原子力災害は事業者の責任が免責されることになっていますが、東電はこの免責を求めていないからです。
次に法人の責任ですが、これも法律に明快な規定があります。
株式会社の所有者は株主で、株主の代表が取締役会です(取締役会の代表が「代表取締役」です)。会社が第三者に経済的損害を与えた場合、その責任は所有者である株主が負うことになりますが、株主は出資金を超えて負担を求められることはありません(有限責任)。
ところで今回の原発事故のように、株主だけではとても負担できない場合はどうなるのでしょうか。こうしたケースも法律の規定は明快で、債権者が損失を被ることになります。債権者というのは、東電に融資している銀行や、東電の債券(電力債)を持っている投資家のことです。
法的には、第一に東電の株主が、次いで債権者が福島原発事故の責任を負います。その一方で、社員やOBの責任についてはなにも書かれていません。彼らは「法的な責任」を取る必要はないのです。
それでは、東電社員やOBの利益は守られるべきなのでしょうか。そんなことはありません。
取締役会は株主の代表ですから、彼らの仕事は「株主利益の最大化」です。代表取締役の義務は、リストラや不要資産の売却によって、できるかぎり株主の資産価値を守ることなのです。
損害があまりに大きすぎて株主の資産がゼロになってしまうと、会社の支配権は債権者に移ります。債権者は会社の支配者として、自分の資産(債権)を守るためにリストラや資産売却を行なうことになります。
東電が「会社」として奇妙なのは、原発事故に「無限責任」があるにもかかわらず、株主も債権者も責任を取っていないことです。彼らは東電にリストラを求める理由がなく、責任問題をあいまいにしたまま電気料金を値上げした方が好都合なのです。
ところが東電の赤字はあまりに膨大なので、けっきょく政府が過半数の株式を所有して“国有化”することになりました。これは、国民が東電の「所有者」になることです。
こうした紆余曲折を経て、ようやく原発事故の責任問題が(すこし)正常化しました。国民が株主ならば、東電に対して厳しいリストラを求めるのは当然の権利です。ただしそれは、社員やOBを“道徳的に罰する”ものであってはならないのです。
『週刊プレイボーイ』2012年7月2日発売号
禁・無断転載