この連載を始めたのはちょうど1年前で、東日本大震災と福島原発事故の直後ということもあり、この国の政治についてあれこれ意見を述べたのですが、最近はまったく書くことがなくなってしまいました。消費税や議員定数是正をテーマにしようとしても、これまでの記事のコピー(繰り返し)になってしまうからです。
コピーにはオリジナルがあります。それでは、日本の政治の深層にあるオリジナルとはいったいなんでしょう。
かつて自民党の長老議員は、「サルは木から落ちてもサルだが、議員は落選すればタダの人だ」と述べました。いまではこの言葉は、「政治家は落選したらタダのゴミ」とヴァージョンアップして、永田町で広く使われています。
ひとは誰でも“ゴミ”にはなりたくありません。学歴もプライドもひといちばい高い政治家ならなおさらでしょう。
2006年の偽メール事件で、「堀江貴文ライブドア社長(当時)が、衆院選出馬に際して自民党幹事長の次男に3000万円を支払った」との偽情報を国会で質問し、議員辞職に追い込まれた民主党の代議士がいました。彼は東大工学部を卒業後に大蔵省(現・財務省)に入省し、初当選は若干30歳でした。
議員バッヂを失った後、この“超エリート”はどのような境遇に陥ったのでしょうか。
彼は地元の千葉県で再出馬の機会を探り、それに失敗すると実家のある九州から出馬を目指しますがうまくいきません。その間に親族の経営する会社で働くものの長続きせず、妻とは離婚し、やがて精神に変調を来たして福岡県の精神病院に入院することになります。そして2009年1月、病院近くのマンションから飛び降り、駐輪場で死んでいるのが発見されたのです。享年39の、あまりにも若すぎる死でした。
政治家なら誰でも、“ゴミ”になった彼の悲惨な晩年は他人事ではありません。落選は不運や失敗のひとつではなく、人生そのものを全否定されることです。だったら、どんなことをしてでもいまの地位にしがみつこうとするのは当然でしょう。
日本の財政は、90兆円の歳出に対して税収が40兆円しかなく、2000年に500兆円だった国の借金はわずか10年で1000兆円を超えてしまいました。この惨状を冷静に考えれば、誰でも歳出(公共事業や社会保障費)を削って歳入(税収)を増やすほかないことはわかります。しかし歳出カットも増税も有権者の不満に直結し、賛成すれば次の選挙が危うくなってしまいます。
与党が増税をいい出せば、選挙区のライバルは当然、「増税反対」を主張します。自民党が「政権党の責任」として消費税増税は不可避と述べたとき、民主党は「埋蔵金がある」と大合唱して政権の座を奪取しました。そのときの“風”で当選した新人たちは、増税なら落選と知っているのでなりふり構わず抵抗します。野党も、敵に塩を送るようなことはせず、「増税の前にやるべきことがある」といい立てます。
日本の政治家のなかにも、知識教養に優れ、国家の将来を憂い、身を捨てる覚悟のひとはたくさんいるでしょう。しかしそんな立派なひとたちが集まる国会で起きていることは、「ゴミになりたくない」という、たったひとつの行動原理で説明できてしまうのです。
『週刊プレイボーイ』2012年6月4日発売号
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