世の中を幸福にする「不都合な真実」 週刊プレイボーイ連載(49)

世の中には、「不都合な真実」がたくさんあります。「専門家のあいだではほぼ合意が成立しているものの、公にするのがはばかられる主張」のことです。

たとえばBSE(牛海綿状脳症)感染牛の全頭検査は、疫学的にはなんの意味もなく欧米諸国では行なわれていませんが、日本の政府・自治体は「食の絶対安全」を守るとして、10年以上にわたり200億円以上の税金を投入して実施しつづけています。ほぼすべての専門家が「やってもムダ」と指摘している検査をやめられないのは、「いのちを軽視するのか」という感情的な反発を恐れているためです。

経済問題における不都合な真実としては、「解雇を容易にすれば失業率が下がる」が挙げられます。

不況で失業者が増えると、「労働者の生活を守るために社員を解雇できないようにすべきだ」と叫ぶひとが出てきます。しかしこれは、逆に失業を増やし、不況を悪化させ、ひとびとを苦しめている可能性が高いのです。

日本では労働法はひとつしかありませんが、アメリカでは州ごとに解雇規制が異なります。そこでアメリカ各州の解雇規制を比較することで、それが労働市場にどのような影響を与えているのかを調べることができます。

この巧まざる社会実験は、「正社員を解雇できないと派遣労働者が増える」ことを示しています。雇用が手厚く保護されている州の経営者は、業績が悪化したときに解雇しやすい非正規社員しか雇わなくなり、そのため経済格差が拡大するのです。

欧米主要国の労働市場を比較しても、解雇が容易なアメリカやイギリスは雇用率が高く、解雇規制の強いドイツやフランスの雇用率が低くなっていることがわかります。失業問題を改善するには、社員をもっとかんたんにクビにできるようにすべきなのです――テレビや新聞では誰もこんなことはいいませんが。

日本でもようやく臓器移植法が成立しましたが、提供件数がなかなか増えず、アジアの貧しい国で臓器移植手術をする日本人が批判されています。この問題を解決するには、患者が必要とする臓器を国内で提供できるようにするしかありません。

そのためのもっとも簡単で確実な方法が、「オプトアウト」です。

日本では、臓器提供の意思表示を「オプトイン(選択して参加する)」で行なっていて、本人の同意が明らかでないと摘出手術はできません。ヨーロッパではドイツ、イギリス、デンマークなどが同じ「オプトイン」で、臓器提供登録者の割合は20パーセント程度です。

それに対して「オプトアウト」では、なにもしなければ臓器提供に同意したとみなし、参加しない場合だけ意思表示します。この方式はフランス、ベルギー、オーストリアといった国々が採用していて、臓器提供率は100パーセントちかいのです。

「オプトイン」でも「オプトアウト」でも、本人の意思が尊重されるのは同じです。それなのにこれほど結果がちがうのは、どちらとも判断のつかない選択では、ひとは現在の状態(デフォルト)を好むからです。

人間の本性を上手に利用すれば臓器移植の必要な患者が救われる――世の中を幸福にするこの不都合な真実も、日本では公の場で口にされることはほとんどありません。

 参考文献:リチャード・セイラー/キャス・サスティーン『実践行動経済学』

 『週刊プレイボーイ』2012年5月7日発売号
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