「クッキーとダイコン」というちょっと意地悪な実験があります。
同じ部屋に、焼かれたばかりのおいしそうなチョコチップクッキーの皿と、千切りにしたダイコンの皿が置いてあります。「味覚の記憶についての研究」に協力を申し出た大学生を二つのグループに分け、半数はクッキーを、残りの半数にはダイコンを食べるよう指示します。
クッキーはすごくいい匂いがしているのに、貧乏くじをひいた学生は、それを横目で見ながら不味いダイコンをかじらなければなりません。研究者はわざと部屋から出ていき、その気になればつまみ食いもできるのですが、「研究のため」といわれているのでガマンせざるを得ないのです。
次にこの大学生たちに、一筆書きで複雑な図形を描くというパズルをしてもらいます。このパズルはどうやっても解けないのですが、学生たちはそんなことは知らないので、あれこれ試行錯誤しながら必死に取り組みます。
じつはこの実験は、クッキーを食べた学生と、ダイコンで我慢した学生とで、集中力にどのようなちがいがあるかを調べるものでした。
その結果は、驚くべきものでした。
クッキーを食べた学生は、平均してパズルに19分を費やし、34回の試行錯誤を繰り返しました。それに対してダイコンを食べた学生は、わずか8分であきらめてしまい、試行錯誤の回数も19回でした。クッキー組に対して、ダイコン組は半分しか集中がつづかなかったのです。
なぜこんな不思議なことが起きるのでしょう。それは、自己コントロールが消耗資源だからです。
ダイコン組の学生は、「クッキーを食べたい」という欲望を意志のちからで抑制しなければなりませんでした。それによって「自己コントロール力」を使い果たし、パズルに集中できなかったのです。
ダイエットや禁煙が困難なことはよく知られていますが、この実験結果はより深刻な問題を提起します。超人的な意志力でダイエット(禁煙)に成功しても、そのために自己コントロール力を失って、ほかのことがちゃんとできないかもしれないのです。
身だしなみにすごく気をつかう“デキる男(女)”が、いざとなるとぜんぜん使えない、ということはよくあります。その反対に、ふだんはだらしないのに、仕事や勉強に異常な集中力を見せるひともいます。これも、自己コントロールという有限な資源をどう分配しているか、ということから説明できるかもしれません。
「クッキーとダイコン」の実験は、無意識を意識的に制御することがいかに難しいかを明らかにしました。努力だけではひとは変われないのです。
だったらどうすればいいのでしょうか。
もっとも簡単で確実なのは、環境を変えることです。
ホリエモンは、収監されて1年たたないうちに20キロ以上の減量に成功したといいます。ダイエットのために刑務所に入るひとはいないでしょうが、無理な自己コントロールをつづけるより、外部コントロールを利用したほうがずっと効果が高いのは間違いありません。
『週刊プレイボーイ』2012年4月23日発売号
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