すこし前に「引き寄せの法則」というのが話題になりました。よいことも悪いことも、ひとは自分に似たものを引き寄せるという“宇宙の法則”で、いまではスピリチュアル系のセミナーで定番のアイテムです。
一見オカルトっぽい引き寄せの法則ですが、これは科学的にも証明されていて、「ホモフィリー(似ているものへの愛)」という名前まであります。
ひとがどのように引き寄せられるかは、幼稚園や保育園を観察しているとよくわかります。
少人数のグループでは、子どもたちはみんないっしょに遊びます。このとき、幼い子どもは年上の子どもにまとわりつき、年上の子どもはその面倒をみます。狩猟採集時代には、両親は食糧の確保にせいいっぱいで、こうした行動は、離乳後の子どもの世話を兄姉に任せていたときの名残だと考えられています。
子どもの数が一定数を超えると、ごく自然にグループ分けがはじまります。
最初の基準は年齢です。子どもは、自分と同じくらいの子どもと遊ぼうとします。
次は性別です。男の子と女の子では遊び方がちがうので、男女が入り混じってなにかをするということはなくなります。
さらに人数が増えると、同じ性別のなかで、外見や雰囲気の似た子どもたちがグループをつくるようになります。アメリカではこの段階で、白人や黒人、アジア系など人種別のグループ分けが起こることが知られていて、大人が介入して人種混交の子ども集団をつくらなければなりません。
日本では、たとえば女の子集団でこうした傾向が顕著です。街で女の子たちを観察していると、ファッションによってグループ分けが行なわれていることがわかります。お嬢様系とギャル系、ゴスロリの女の子がいっしょになることはありません。
ひとはなぜ、自分と似たものに引き寄せられ、自分と似たものを引き寄せるのでしょうか。これも、進化の過程から説明が可能です。
石器時代には、ヒトは家族や血族の小さな集団で暮らしていました。ここからごく自然に、同じ集団は味方、ちがう集団は敵、という性向が生まれます。進化論的にいうならば、自分とちがうもの恐れない個体は淘汰されて子孫を残すことができなかったのです。
母親以外が赤ん坊を抱き上げると、いきなり泣き出すことがあります。幼い子どもは、見知らぬ大人(ひとさらい)を怖がります。これもまた、私たちの遺伝子にプレインストールされた進化のプログラムだと考えられています。
私たちは、自分と似たひとたちといっしょにいると安心し、ちがうひとたちに囲まれていると不安になります。人種差別は法や社会制度によって矯正することができるかもしれませんが、同じファッションの女の子が集まることまでは規制できません。引き寄せの法則は、私たちの社会を広く覆っているのです。
自己啓発系のセミナーでは、この法則を利用して、「あなたが変われば、望みのものすべてを引き寄せることができる」と説きます。これは理屈のうえでは正しいのですが、じつはひとつだけ問題があります。
「引き寄せ」は無意識の法則で、ひとは意識によって無意識を操作することはできません。すなわち、ひとは変われないのです。
参考文献:ジュディス・リッチ ハリス『子育ての大誤解―子どもの性格を決定するものは何か』
『週刊プレイボーイ』2012年4月9日発売号
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