野田首相は、消費税増税の「捨て石」となると覚悟だといいます。現在5パーセントの消費税率を10パーセントまで上げようと苦心惨憺しているのですが、日本の財政状況を考えるとじつはその程度ではぜんぜん足りません。日本国の歳出は100兆円もあるのに、税収は40兆円しかないのですから、単純に考えると、消費税率を30パーセントくらいまで上げなければ財政は均衡しません。
財政破綻の危機に陥ったギリシアの消費税率が23パーセントに引き上げられたことを考えると、これは荒唐無稽な話とはいえません。実現可能性はともかくとして、このような高消費税率の未来ではどのようなことが起きるのかをここでは考えてみましょう。
消費税率30パーセントというのは、100円の買い物で30円の税金を納めることです。1万円なら税額3000円、10万円で税額3万円、100万円だと税額30万円……と考えていけば、ひとびとがどのように行動するかは容易に想像がつきます。大きな買い物になればなるほど、なんとかして消費税を逃れようと画策するようになるのです。
このようにして、ギリシアやイタリア、スペインなど南欧の国々では闇経済が膨張していきました。闇経済といっても犯罪組織の暗躍ではなく、現金取引(いわゆる“とっぱらい”)のことです。
たとえば、事務所の内装工事に100万円かかるとしましょう。正規の業者に依頼すると、消費税込みで総支払額は130万円になります。そこへ“とっぱらい業者”が、「ウチなら領収書なしで110万円で請け負いますよ」とやってきます。この闇取引であなたは工事費を20万円節約し、業者は利益を10万円増やすことができます。これは双方にとってきわめてウマい話なので、みんなが経済合理的に行動すると、正規の業者は市場から駆逐されてしまいます。
ヨーロッパの若年失業率はスペインで48パーセント、ギリシアで45パーセントにも達します(日本は7.8パーセント)。若者の2人に1人に職がないというのはちょっと想像しがたい状況ですが、失業者の一部(もしかしたらかなりの部分)は闇経済からなにがしかの賃金を受け取っているのです。
ところで、EU加盟国でもっとも消費税率が高いのはスウェーデンの25パーセントですが、ここでは南欧諸国のような闇経済の弊害は起きていません。それは、脱税できないような社会の仕組みがあるからです。
スウェーデンやノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国は、国民の課税所得を納税者番号で管理するばかりか、全国民の課税所得を公開情報にしています。
スウェーデンの税務署には誰でも使える情報端末が置かれていて、名前や住所、納税者番号を入力すると他人の課税所得が自由に閲覧できます。そうやって羽振りがいいのに課税所得の少ない隣人を見つけると、国税庁に通報するのが“市民の義務”とされています。北欧の手厚い社会保障は、こうした相互監視によって支えられているのです。
日本がもし高消費税国になったら、南欧のように闇経済がはびこるよりも、北欧のような超監視社会になる可能性のほうがはるかに高いでしょう。福祉には、相応の代償がともなうのです。
参考資料:「朝日新聞グローブ」第42号(2010年6月28日)「覚悟の社会保障」
『週刊プレイボーイ』2011年12月19日発売号
禁・無断転載