原子力損害賠償支援機構法が国会で成立した。
この法案では、新たに設立される「機構」は東京電力に対し無制限に資金提供できるのだから、東京電力が債務超過に陥ることはなく、電力債や融資などの債権は100%保護されることになる。修正された法案では、「株主その他の利害関係者に対し、必要な協力を求める」ことになっているが、仮に金融機関が利子の減免などに応じたとしてももかたちだけのものだろう。
すでになんどか述べたが、会社法では、株主と債権者の責任を明確に定めている。未曾有の災害を引き起こしたにもかかわらず債権者が免責されることは私にはとうてい納得できないが、法案が成立した以上、新機構のもとで被災者に一刻も早く適切な賠償が行なわれることを望みたい。
そのうえで、今回の法案で東京電力が今後、どうなるかを考えてみたい(以下は、あくまでも私見である)。
このスキームでは、原発事故の賠償が国民負担とならないよう、原子力事業者(原発を保有する電力会社等)が支払う「一般負担金」と、東京電力が支払う「特別負担金」によって、最終的には、機構から提供された資金は全額返済されることになっている。
東京電力が株主への配当を再開するためには、機構からの「借金」の完済が条件になる。それまでは東京電力の経営は機構に管理されるのだから、これは実質国有化だ。
いうまでもなく、(機構の支援がなければ)実質債務超過の会社の、配当のない株式はただの紙切れだ。それにもかかわらず、東京電力の株価は7月下旬には600円超まで高騰し、現在も400円前後で取引されている。ということは、株主は東京電力が早期に配当を復活できると考えているわけだ。
いったい、このようなことがあり得るのだろうか?
「東電株復活」のシナリオは、おおよそ以下のようなものである(もちろんこれ以外にも諸説ある)。
- 原発事故の賠償総額を4兆円と試算する。
- 「一般負担金」は原発1基あたり300~500億円で、54基の原発でおよそ2兆円を調達する(電力会社は1基あたり年間30~50億円を10年程度にわたって拠出する)。
- 残る賠償額2兆円のうち1兆円は、東京電力の資産売却やリストラで捻出する。
- 最後に残った1兆円は、東京電力の経常利益から返済する。
平成22年度の東京電力の経常利益は約3000億円で、これがそのまま返済原資になれば3年で機構からの借入を完済できる計算になる。ある程度の余裕を見ても7~8年、最悪でも10年以内には配当を再開できる、というのが「東電株復活」のシナリオだ。
話を簡単にするために、一般負担金の2兆円と、東電が資産売却とリストラで捻出する予定の1兆円を所与としよう。そうすると、このシナリオが実現するかどうかは、原発事故の賠償総額と、機構への返済原資となる東京電力の経常利益にかかっている。
原発事故の賠償は、原子力損害賠償紛争審査会の指針に基づいて、今後、本格的な請求が始まる。その総額が巷間いわれているような10兆円規模になれば、このスキームでは、東京電力は数十年たっても配当を再開できないのだから、株券はただちに無価値になるだろう。
もちろん、工程表どおりに事故が早期に収束し、賠償総額が4~5兆円の範囲に収まる可能性もある。そこで、この楽観的な想定で、東京電力がどうなるかを考えてみよう。
電気事業法は、総括原価方式によって、コストに報酬率を上乗せして料金を決めることを認めている。これを字義どおりに解釈すれば、東京電力は「特別負担金」以外のすべてのコストを電力料金に転嫁できるのだから、2000億円程度の経常利益を今後も安定して確保できることになる(一般負担金は、電力料金への転嫁が認められている)。
東京電力は、原発がすべて停止すれば火力発電の燃料費増が年間1兆円になると試算している。これに福島原発の安定化・廃炉費用1.5兆円と、原発17基を保有する東京電力の一般負担金5000~8000億円が加わる(これらは10年程度で償却することになるだろう)。そうすると、現在、かろうじて稼動している柏崎刈羽の3基まで停止すれば、年間のコスト増は最大で1兆2000億円というとてつもない額になる。
これに対して東京電力の売上は5兆円で、1%の電力料金引上げで500億円の利益が生じるとすると、1兆円超のコスト増を賄うためには20%以上の大幅な電力料金引上げが不可避となる。もちろん、節電によって必要な燃料費は減るだろうが、その分、売上も下がるので、結果に大きな違いはないはずだ。
このことからわかるように、電力料金が据え置かれている現在は嵐の前の静けさで、早晩、その引上げが大きな政治的混乱を招くことは避けられない。もし現実に電力料金が20%上がれば、日本の製造業は壊滅するだろう。そうでなくても、引き上げ幅が10%を大きく超えるようなことになれば、政権はたちまち危機に陥ることになる。
東京電力は今後、機構の管理下に入るのだから、電力料金の引上げ幅は政府・経産省と機構が決めることになる(東京電力にはなんの権限もない)。
このような前提を置けば、電力料金を大幅に引き上げて、東京電力が経常利益を確保できるようにする、などという選択肢はあり得ない、と私は思う。
そればかりか、電力料金の引上げを小幅にとどめるために、機構からの資金提供を増やす(東電の負担を大きくする)政治判断のほうがまだありそうだ(この場合、費用を負担するのは電力利用者から国民に変わることになる)。
もちろんこれはきわめて重大な政治問題なので、今後もさまざまな思惑が交錯するだろう。だが、ひとつだけ確かなことがある。
電力料金を引き上げれば、国民の不満や強い批判は避けられない。それがわかっていながら、東京電力の決算を大幅な経常黒字にするなどということが政治的にできるはずはない。
経常黒字がなければ、東京電力は特別負担金を支払うことができない。特別負担金を払えなければ、未来永劫、配当は再開できない。
この単純な理由から、東京電力の株価は、本来の価値であるゼロに向かって収斂していくことになるだろう。
原子力損害賠償支援機構法は東京電力を救済するものではなく、「ゾンビ化」させるだけだ。株主に配当できず、リストラと資産売却を「事業目的」とし、新規の投資すら許されない会社が株式を上場しているのは、株式市場に対する冒涜以外のなにものでもない。
原発事故の賠償に一定の目処がついたら、東京電力は法的に整理して、新しい枠組でやり直すべきだ。それに合わせて発送電を分離し、電力会社の地域独占を廃止し、電力を自由化すれば、すくなくともいまよりすこしはマシな世の中になるだろう。
追記
昨日(9日)発表された第一四半期(2011年4~6月)決算では、東電の経常利益は、人件費を155億円リストラしてもなお630億円の赤字だった。これを前年並みの500億円の経常黒字にするには1000億円以上の利益の上積みがなければならない。第一四半期の電気事業営業収益は1兆円だから、この時点ですでに、10%の電力料金引上げがないと特別負担金の原資を確保できない計算になる。