東日本大震災で東北地方は甚大な被害を受けた。とりわけ原発事故を抱える福島県は、農産物への風評被害に加え、観光業も大打撃を被っている。こんなとき、幸いにも被災を免れた私たちにできることがあるとすれば、義捐金を送るだけでなく、自ら足を運んで「観光」することだ。
震災後の自粛ムードが収まると、大手旅行サイトがさっそく“東北応援プラン”を提供しはじめた。期間中に東北のホテルや旅館に泊まると、ふだんよりもたくさんポイントが貯まる。宿泊施設も割安料金を設定していて、なおかつ宿泊費の一部が義捐金にあてられる。
でも、なかにはこうした企画に違和感を持つひとがいるかもしれない。「被災地の復興にまで損得を持ち込むなんて」というように。
私たちは、天使でもなければ悪魔でもない。
テレビで被災地の観光業が大変だというニュースを観れば、なんとかしてあげたいと思うだろう。それでもほかにやることはたくさんあるし、家計の予算にも制約がある。そんなとき、そっと背中を押してあげる仕掛けが必要なのだ。
2004年12月のスマトラ沖大地震で、タイのリゾート地プーケットは大津波で壊滅的な被害を受け、ビーチにいた観光客を中心に5000人を超える死者を出した。当然、そんな場所に「観光」に行くひとは誰もいないから、現地の旅行業者はすべて廃業するしかないといわれた。
ところが震災後1週間くらいで、ドイツなどヨーロッパから旅行客がやってくるようになった。彼らがプーケットを選んのは善意からではなく、ただ安かったからだ。こうした損得勘定の観光客によって、プーケットは世界的リゾート地として復活した。
というわけで私も、4月下旬に福島に桜を観にいくことにした。
東北へ向かう新幹線の車内は、建設関係らしいビジネスマンで満席だった。郡山で降りると、街のあちこちに地震の傷跡が残り、出入口を封鎖されたビルも目立った。福島市郊外の温泉に宿泊したのだが、休業中の旅館も多く、週末だというのに街は閑散としていた。
旅館には神奈川と京都から応援の警官隊が宿泊していて、一般の旅行客は私たち以外に地元の家族連れが数組だった。宿のひとたちからは、こちらが恐縮するくらい歓待してもらった。
被災地の復興や支援は大事だけれど、たんにお金を配ればいいというわけではない。丹精込めてつくった野菜を政府が買い上げても、廃棄場に運ばれるだけなら農家のひとはどう思うだろう。旅館や飲食店なら、お客さんが来てくれたほうがうれしいに決まっている。そのためにも、損得は有効に活用すべきなのだ。
天然記念物の三春滝桜も、桃源郷のような福島市の花見山も息を飲むほど美しかった。会津若松で郷土料理を、喜多方でラーメンを食べ、抱えきれないほど地元の名産品を買い込んで、こんどは紅葉の季節にまた訪れたいと思った。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.2:『日経ヴェリタス』2011年5月8日号掲載
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