昨年末にエジプトを旅行したのだけれど、この国は常識を覆されるような体験ができて、とても面白い。ちょっと趣向を変えて、今回は海の向こうの「不思議の国」について書いてみたい。
旅行ガイドブックにも書いてあることだけれど、古代エジプトの素晴らしい遺跡群を有するこの国には、観光客のバクシーシ(チップ)で生計を立てているひとたちがものすごくたくさんいる。その結果、定価や正規料金というものが成立せず、ものの値段は融通無碍に変わり、常にぼったくられているような気がして、旅行者にはきわめて評判が悪い。
とはいうものの、せっかくカイロまで来たのだから、有名なギザのピラミッドを見学しようと、街で声をかけてきたタクシーに乗り込んだ。ここでの鉄則は最初に料金を決めてしまうことで、言い値の半額から交渉をはじめ、往復を条件に4割引にしてもらった。--ほんとうはバスターミナルまで歩いて、インド数字(アラブ世界では世界標準のアラビア数字ではなくインド数字が広く使われていて、門外漢にはまったく読めない)の標識を頼りに公共バスに乗ればいいのだろうが、もうバックパッカーのような旅はできなくなってしまったのだ。
ギザのピラミッドは、カイロ市街からナイル川を挟んで20キロほどのところにある。タクシー運転手が手前でいったん車を停めると、窓から首を突っ込んできた観光業者が、「ラクダに乗らないか」としきりに勧めてきた。これを丁重に断わって(動物に乗るのはあまり好きではないのだ)、チケット売り場の前で下ろしてもらう。私はそのときまで知らなかったのだが、クフ王のピラミッドに近いメインゲートのほかに、スフィンクス側にもゲートがあり、私が案内されたのは団体客などが利用しないこちらの入口だった。
チケット売り場のまわりには、10人ほどの地元のひとたちが所在なげにたむろしていた。窓口で代金を払うと、係官が当然のように、そのうちのひとりにチケットを手渡した。それは頭にターバンを巻き、アラブの伝統服に身を包んだ、頬に深い皺のあるおじいさんだった。
おじいさんはそのチケットを持ったままゲートを通過すると、こちらを向き直ってさかんに手招きしている。近くにいる制服姿のガードマンも、「さっさと彼のところに行け」と言う。わけもわからずそのとおりにすると、おじいさんはどんどん砂漠のなかに歩き出し、いきなり振り向いた。
「わしは齢75歳、この地に40年以上暮らしておる。これから君に、誰も見たことのない秘密の場所を案内してしんぜよう」
ここでようやく事情が明らかになったのだけれど、このときはすでに勝負は決していた。おじいさんの手にはしっかりチケットが握りしめられている。それを奪い返し(あとで必要になるかもしれない)、砂漠のなかを引き返しても、入口にはまた別の男たちが待ち構えているだけだ。それに、(本人の申告が正しければ)自分の親と同い年のおじいさんとこんなところでケンカしてもしかたないし……。
おじいさんが案内してくれたのは、ピラミッドの裏手にある王族たちの墓の跡だった。古代エジプトではナイル川西岸は王家の墓所で、紀元前2500年頃の古王国時代、クフ王やカフラー王の壮大なピラミッドのほかに、岩を削って、妃や兄弟姉妹、子どもたちの多くの墓がつくられた。それらはすべて盗掘されてしまったが、それでも当時の彫像や碑文がわずかながらも残されている。
私はエジプトの歴史に詳しいわけではないので、それがどの程度の価値があるのかはわからない。それでも、若くして死んだ妃を惜しんで、いまから4500年も前に穿たれた岩の部屋には、荒れ果てているだけになおいっそうの感慨を覚えさせるものがあった。
小一時間、いくつかの墓所を案内された後で、クフ王のピラミッドへと至る広い道路の脇に出た。おじいさんはやにわに厳粛な顔つきになると、私に告げた。
「ここは一般の観光客は誰も入ることのできない特別の場所じゃ。それをわしは、君のために、好意で案内した。だから、君から金品を受けとろうなどとは思っておらん」
そう断言されると、戸惑うのはこちらの方だ。自分から頼んだわけではないとはいえ、かなりの労力をともなうサービスを提供されたことは間違いない。それなのに、なんのお返しもせずに立ち去るわけにはいかないのだ(チャルディーニ『影響力の武器』のいう返報性の罠だ)。こうして、次のような珍妙なやりとりが交わされることになる。
私 「それは困ります。せめていくらかでもお礼をさせてください」
おじいさん 「そこまで言うなら仕方ないのう。だったらお前、アメリカの紙幣は持っておるか」
私 「米ドルですか? すこしならありますけど」
おじいさん 「100という数字が書いてあるのがあるだろう。それをくれ」
私 「100ドル札ですか? そんな高額紙幣、持ってません。そのかわり、これでどうでしょう」
おじいさん 「なんじゃ、これは」
私 「10ドル札ですけど」
おじいさん 「わしはエイジプト人じゃぞ。こんなものでどうやってメシが食えるのじゃ。 エジプトの金は持っておらんのか」
私 「こんどはエジプトポンドですか。だったらこれでどうでしょう」(おずおずと50エジプトポンド紙幣=約700円を差し出す)
おじいさん 「そうじゃない。200という数字のやつがあるじゃろ」
私 「200ポンド(エジプトポンドでもっとも高額の紙幣)?」
おじいさん 「そうじゃ。その200と50をいっしょに寄こせ」
私 「えー、250ポンド!? それはいくらなんでもぼったくりですよ」
海外旅行で覚えておくといいのが、Rip off(ぼったくり)という英語だ。これは世界共通で、観光客がこの言葉を使うと、「オレはこれ以上ビタ一文払わないぞ」という強い意思表示になる。そうすると相手がすこし譲歩して、ようやく交渉が始まるというわけだ。
50ポンドでは顔を真っ赤にして怒っていたおじいさんは、250ポンドで文句をいうとすぐに譲歩したから、ガイドの相場は100~150ポンドくらいなのだろう。そう見当をつけて、150ポンドでさっさと話をまとめた(砂嵐が、目を開けていられないくらい激しくなってきたのもある)。
交渉が合意に至ると一転して満面の笑みに変わったおじいさんは、「アッラーの思し召しで、今日は君と出会えて素晴らしい日になった。この美しい国を思う存分楽しみたまえ」と、かたい抱擁を交わして去っていった。「これ(150ポンド)もらったことは、タクシーの運転手にはぜったいに告げてはならんぞ」と言い残して。
誤解されると困るのだが、私はここで、エジプト人がけしからんと言いたいわけではない。私がおじいさんに払ったのは日本円で2000円程度。専属のガイドを雇って一般観光客の入れない場所を案内してもらったと考えれば、けっして高い料金とはいえない。
残念なことに、旅のあいだ、この国を悪し様に罵る旅行者(とりわけ欧米人)に何人も出会った。でも考えてみると、いっけんぼったくりと思えるようなことも、ちゃんとそれなりの料金で落ち着いていることがほとんどだ。
深夜にカイロ空港に着いたときは、白タクしかいなくてびっくりしたが、ぼろぼろの車でホテルまで送ってもらっても、翌日、フロントで聞いてみると、正規料金に深夜割増を加えたくらいでちゃんと収まっていた(もちろん値切った後の話だ)。
私としても、ギザのピラミッドをもういちど訪れることは(おそらく)ないだろうから、立入禁止の墓所を見学させてもらったことは、いまとなってはいい思い出だ(それに、こうしてブログにも書ける)。だから、ピラミッドのおじいさんになんの文句もない。それでも……。
おじいさんの話から推測すると、私の支払ったチップは、チケットの売り子や入口のガードマンやタクシーの運転手にキックバックとして渡さなくてはならないらしい。言葉は悪いけれど、みんなが協力して、なにも知らない旅行者をハメることで、おじいさんの商売は成り立っているのだ。きっとそこには、いろいろな約束事があるのだろう。
ギザのピラミッドにはほとんどのひとが大型バスのツアーで訪れるから、私みたいなカモはそれほど多くない。おじいさんのようなツアーガイドは、チケット売り場の脇でひがな一日、個人旅行の観光客を待ちつづけるしかないのだ。
少ない顧客(エモノ)から仲間へのキックバックを含む十分なチップを獲得しようとすれば、当然、(ダメモトで)法外な料金をふっかけるしかない。そんなことを繰り返していれば、旅行者はますます個人旅行を敬遠して、ツアーで済ませようと思うだろう。
しかし、そんな観光客のなかにだって、いくばくかの追加料金で古代の墓地を見学できるのなら、喜んで参加したいというひとがいるにちがいない(せっかくエジプトまで来たんだし)。だったらあんな手間のかかることはやめて、明朗会計のオプショナルツアーとして宣伝した方がずっといいような気がするのだけれど。
エジプトで感じたのは、個人の利益を最大化しようとする涙ぐましい努力が、必ずしも全体の富を最大化するわけではないという、経済学の古典的な問題だ。これについては、小銭と釣銭がないというエジプトのもうひとつの特徴と合わせて、次回、書いてみたい。