サラリーマンが消失する
国家破綻後の日本は、金利が上昇し、円が下落し、物価が上がる(と同時に資産価格は下落する)、いまとはまったく逆の世界だ。現在のデフレ世界で得だったことが、インフレ世界では大損に反転する。
最大の被害者は、変動金利で住宅ローンを購入しているひとたちだ。金利が上がれば毎月の返済額が増えていくから、いずれはマイホームを競売にかけて自己破産せざるを得なくなる。こうした悲劇を防ぐには、ローンの残債を一括返済できるだけの現金を用意しておくか、変動金利のローンを長期の固定金利に借り変えるしかない。いちばん簡単な対策は、マイホームを売却して借家住まいになることだろう。
年金だけで暮らしている高齢者も、きわめて過酷な状況を強いられる。年金受給額は物価にスライドする設計になっているものの、基準額の改定は年1回だから、急速なインフレにはとうてい追いつけない。
公務員の経済的な立場は、年金受給者とよく似ている。デフレになっても給与はそれほど下がらないが、不景気と失業率悪化のなかで公務員給与を引き上げることは政治的に不可能だから、インフレになれば実質賃金は大幅に下落する(これでようやく、「公務員改革」が実現する)。
終身雇用と年功序列の日本的な雇用制度では、企業は降格や減給をすることができない。しかしインフレになれば、昇給率の調整で実質的な減給が可能になるから、これまで対等に扱われていた専門職(クリエイティブクラス)とバックオフィス(マックジョブ)が、成果主義に基づいて二極化していくことになるだろう。その結果、「サラリーマン」という人種は日本から絶滅することになるはずだ。
だがその一方で、円安によって日本の輸出産業は息を吹き返す(ウォン安で業績を急回復させたサムソンのように)。円安と同時に地価と株価が下落すれば、海外投資家(投機家)にとってはきわめて魅力的だから、いずれかの時点で買戻しが入ることは間違いない。このようにして、社会的弱者の膨大な犠牲のうえに財政は「健全化」し、日本経済はようやく長いトンネルを抜け出すことができるのだろう。
だがこれは、必ずしも最悪の未来というわけではない。
文化大革命やポル・ポト大虐殺のような、国家権力の暴走による想像を絶する破壊に比べれば、国家の経済的な破綻などはるかにマシな出来事だ。破産したはずのギリシアやアイスランドでも、ひとびとが内乱で殺しあったり、飢餓で死んでいくようなことはない。
「国家破産」本は商業的な理由からいたずらに不安を煽るけれど、この世の終わりが来るわけではない。日本は世界2位の経済大国なのだから、たとえ財政が破綻しても、ほとんどのひとはホームレスにならずに生きていくくらいのことはできるだろう――たいした慰めにはならないかもしれないが。