第17回 ネットの銀証一体、きっと快適

これまで日本の金融機関や金融行政がガラパゴス化しているという話を書いてきたけれど、そろそろ文句のネタも尽きてきたので、これから何回か、「こんなふうに変わったら素晴らしい」という前向きな提案をしてみたい。とはいえ僕は金融関係者ではないので、市井の一利用者の願望だと思ってほしい。

日本では(というか世界のほとんどの国では)銀行業と証券業は法によって厳しく隔てられている。証券会社は登録制なのに、銀行業には免許が必要なのは、一般のひとから預金を集め、それを融資して利ざやを稼ぐ危ういビジネスをしているからだ。こんなことが自由にできれば、高金利をうたって預金を集め、情実融資で自分たちが儲けるネズミ講みたいな金融機関が続出するのは目に見えている(免許制でも同じようなことをやっていた銀行があった)。

ところが情報技術(IT)の急速な進歩で、インターネット銀行のように、融資を行なわず決済だけに特化した金融機関が登場した。こうした銀行は「貸金業」を営まないのだから、免許制でがんじがらめにする必要はない。

銀行業と証券業が一体化すれば、預金で株式や債券が買えたり、株を売却した資金をクレジットカードの買い物に使えたり、ものすごく便利だ。いまでも銀行窓口で現金を下ろし、証券会社に持ち込むひとがたくさんいることを思えば、預金口座と投資口座の合体は証券市場の活性化にもつながるだろう。

これは、夢物語なのだろうか。

そんなことはない。こうした金融機関は、ずっと昔から存在する。それが、プライベートバンクだ。

スイスのプライベートバンクに口座を開いていちばんびっくりするのは、一人の担当者がなんでもやってくれることだ。定期預金を解約して株式を購入したり、債券を売却した資金をドルに交換して海外に送金したり、どんな取引も電話一本ですむ(そのかわりプライベートバンクは、保有する金融資産を担保にした融資しかしない)。

日本の銀行も富裕層向けに「プライベートバンク・サービス」と称するものをやっているけれど、こんな芸当は絶対にできない。「プライベートバンク」の顧客が株式を買いたいというと、担当者は系列の証券会社の人間を連れてくる。彼らはみんなサラリーマンで、転勤でどんどん交代してしまうから、そのうちに誰が誰だかわからなくなってしまう。

でも僕は、「日本でもスイスみたいなプライベートバンクを始めろ」と言いたいわけではない(べつにあってもいいけど)。ITの進歩によって、いまではネット銀行やネット証券で必要なことはすべてできるようになった。だったら、このふたつを合体させるだけで、誰もがプライベートバンクと同等のサービスを受けられるようになるだろう。

僕たちはみんな、不便なことを当たり前と感じて、あきらめてしまってはいないだろうか。発想を少し変えるだけで、違う世界が開けてくるはずだ。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.17:『日経ヴェリタス』2010年10月17日号掲載
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