大人になると、世の中には本音と建前があることを学ぶ。罪のない嘘は人間関係の潤滑油で、本音をぶつけあっていたらたちまち疲れ果ててしまうだろう。
それでも本音と建前の距離があまりにも大きいと、ひとはとても居心地悪く感じる。FX(外国為替証拠金取引)は、僕にとってそのひとつだ。
FXは簡単にいうと通貨の両替機能で、その特徴のひとつは為替(両替)手数料がきわめて安いことだ。一般の銀行で円とドルを両替すると1ドルにつき1円の手数料がかかる。それに対してFXでは、1ドルにつき5銭程度の手数料しかかからない。銀行のわずか20分の1だ。
もうひとつの特徴は、手付金だけで両替できることだ。これをレバレッジ率で表すが、1ドル=100円として、レバレッジ20倍なら手付金(証拠金)5万円で1万ドル分の両替ができる。
FXには、為替予約の機能があるとされている。
近い将来ドルを送金する予定があれば、円高のタイミングを見計らって、証拠金だけで予約購入すればいい。実際に送金するときは、残額の95万円を支払って1万ドル分の現金を受け取る(これを「現受け」という)。
これはとても便利な機能だけれど、たんなる理屈のうえの話でしかない。FX取引のほとんどは短期売買で、そのうえ現受けのできない会社が大半なのだ。
だったら、ひとはなんのためにFXを使うのだろう。それはもちろん、ギャンブルだ。
1ドル=100円で100万円を両替し、1円の円安で円に戻すと101万円になるから、1万円(1%)の利益だ(手数料を除く)。20倍のレバレッジをかけていれば、元金は5万円だから利益率は20%。FX会社のなかにはレバレッジ率100倍をうたうところもあって、この場合は元金は1万円だから、賭け金が倍になって戻ってくる。
FXの参加者は、この仕組みをパチンコ・スロット、競馬などと比較する。公営賭博のコスト率は約25%、パチンコ・スロットは約3%。それに対してFXのコスト率は(上記の条件で)0.05%だ。そのうえギャンブル場でお金を借りようとすると、金融業者に年利20%ちかい金利を払わなくてはならない。それがFXなら、無利子で元金の100倍まで融資してくれる。世の中に、こんなおいしい話があるだろうか! このようにして、いまやFXは完全な賭博になってしまった。
ここで誤解のないようにいっておくと、僕はギャンブルが悪いといっているわけではない。大人が娯楽として楽しむのなら、ぼったくりみたいな公営賭博よりFXははるかに良心的だ。違和感は、FXが「金融商品」として、専業の業者だけでなく、個人投資家に資産運用の機会を提供する証券会社によっても運営されていることにある。
FXはその仕組みからいっても、実態からしてもあきらかにギャンブルだ。それを「投資」と言いくるめると、ほんとうの投資を貶めることになる。それは僕の杞憂だろうか。
橘玲の「不思議の国」探検 Vol.7:『日経ヴェリタス』2010年1月17日号掲載
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