新年特別号 日本の個人資産で世界支配?

2010年は、日本人が世界の支配者になった年として歴史に刻まれることになるだろう。これは妄想ではなく、じゅうぶんに実現可能な未来だ。

作家・村上龍は20世紀最後の年に、「この国にはなんでもある。だが、希望だけがない」と書いた(『希望の国のエクソダス』)。それから10年経って、私たちは夢見ることすらあきらめてしまったようだ。

政治のもっとも重要な役割は、国民に夢を与えることだ。だが政権が代わっても財政赤字は膨張するばかりで、このままではいずれ国債残高が国内総生産の2倍を超えてしまう。日本国は富を創造できず、既得権を守るためいたずらに借金を重ねるだけだ――誰もが気づいているように、これが問題の本質だ。

私たちが富を獲得する場所は、労働市場と金融市場だけだ。簡単にいうと働くことと資産運用することで、これ以外に貨幣を手に入れる方法はない。国家も同じで、内需や外需を拡大する(働く)だけでなく、1400兆円の個人金融資産を運用することで富を生み出すことが可能だ。ところが私たちはその大半を、銀行を通じて利回り1%台の国債に投資している。

輸出依存型の日本経済は、円高によってふたたび長い停滞を余儀なくさている。だが通貨が強くなるということは、外貨建ての評価資産が大きくなるということだ。1ドル=120円なら1400兆円は11.7兆ドルだが、90円なら15.5兆ドルにもなる。驚くべきことに、世界金融危機とそれにつづく円高によって、国民のドル建て金融資産は25%も増大したのだ。

1ドル=80円の超円高になれば、夫婦二人月額40万円(5000ドル相当)の年金でハワイ暮らしが実現する。巨額の財政赤字にもかかわらず通貨が強いままだと、日本経済がどうなろうが、1万円札を印刷するだけで優雅なリタイア生活を満喫できるのだ。

もちろん、こんな手品みたいな話は長くはつづかない。持続不可能な財政赤字は、いずれ円安とインフレによって調整されるだろう。だとすれば、今が千載一遇のチャンスだ。

国際証券取引所連合の統計によれば、2008年末現在の世界の株式市場の時価総額は32.6兆ドル。ということは、日本の個人金融資産(15.5兆ドル)で世界市場の半分を買い占めることができる。欧米から中国など新興国まで世界の主要上場企業の大株主になれるのだから、これはスゴいことだ。

紙くずになるかもしれない国債を1400兆円買っても、夢や希望は生まれない。だったら、同じ資産で世界市場を支配した方がずっと面白い。

そのための方法はとても簡単だ。海外投資の譲渡益や配当を無税にすれば、個人資産は自然と国外に向かい、日本人はグローバルな資本市場の王として君臨することになるだろう。その利益によって、年金をはじめとするすべての財政問題は解決する。これが、私たちに残された唯一の「希望」だ――初夢ともいうけれど。

橘玲の「不思議の国」探検 新年特別号:『日経ヴェリタス』2010年1月3日号掲載
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