中央省庁が障がい者雇用を水増しするほんとうの理由 週刊プレイボーイ連載(352)


10年以上前のことですが、住民票が必要になって、自宅近くにある区役所の出張所を訪ねました。窓口の担当は右腕のない青年で、わたしが身分証明書類を持ち合わせていなかったため、本人確認のため個人情報を訊ねなければならない非礼を詫び、手際よく事務を処理してくれました。

出張所のフロアには20人ほどの職員が働いていましたが、障がい者は彼1人でした。書類が出来上がるのを待ちながら、わたしはふと疑問に思いました。世の中にこれほど障がい者に適した職場がありながら、なぜその場所を健常者が独占しているのだろう?

市場経済では、利益をあげなければ会社はつぶれてしまうのですから、どれほど社会貢献に熱心でもいずれは「効率性」の壁にぶつかります。しかしわたしたちの社会には、利潤の最大化を目指さずに働ける職場があります。それが、国家や自治体の「公務」です。

だとしたら、国防や警察・消防など一定以上の身体能力を必要とする業務を除いて、公的機関は全員が障がい者でもまったくかまわないのではないでしょうか。
こうしてわたしは、次のように書きました。

「厚労省は全国の社会福祉法人に対し、施設の建設費ばかりか職員の給与まで支給している。だが福祉に携わる公務員はもちろん、こうした社会福祉法人の職員もほとんどが健常者で占められている。なぜ彼らは障害者の職を奪うのか?

日本には300万人の身体障害者、50万人の知的障害者、200万人の精神障害者がいる。彼らが労働の喜びを知れば、日本の福祉は大きく向上するだろう。福祉施設や福祉関連団体に莫大な税金を投入する前に、80万人の国家公務員と300万人の地方公務員は自らの席を譲るべきだ」

わたしの多くの「極論」と同様に、この主張もまったく無視されてきました。誰からも相手にされないとがっかりしていたのですが、旗振り役である厚生労働省をはじめとして、中央省庁27機関が障がい者雇用を水増ししていたことが発覚し、じつはそうでもないことに気づきました。

水増し疑惑は地方自治体にも広がりつつあり、このままでは日本のほぼすべての公的機関が障がい者の数をごまかしていたことになりそうです。これは一部の組織のスキャンダルではなく、合理的な理由と断固たる意志がなければこんなことになるはずがありません。

報道では、「障がい者がうっとうしいと思われているからだ」などと解説しています。たしかに売上目標を達成しなければ減給や降格・解雇されてしまう職場では、「足手まとい」と扱われることはあるかもしれません。

しかしこれは、公的機関にはあてはまりません。公務員の仕事はお金を稼ぐことではなく、決められたルールにのっとって市民にサービスを提供することだからです。

そんな彼らが組織ぐるみで障がい者を雇用しないよう、全力をあげてきた理由はひとつしかありません。職場に障がい者が増え、彼らがふつうに仕事をしていることが市民の目に触れると、わたしと同じように、「なぜ健常者が彼らの仕事を奪っているのか」と疑問に思う人間が出てくるからです。

わたしのつたない文章を全国の公務員は正しく理解し、なりふりかまわず既得権を守ろうと頑張っていたようです。

参考:公務員は障害者に席を譲れ

『週刊プレイボーイ』2018年9月10日発売号 禁・無断転

「バカ」「死ね」に表現の自由はあるのか? 週刊プレイボーイ連載(351)


ネットセキュリティ会社の社員が、「低能先生」と呼ばれていた40代の男性に刺殺されるという衝撃的な事件が起きました。

報道によると、容疑者は国立大学を卒業したあと職を転々とし、3年前は福岡県のラーメン店で働いていたものの事件当時は無職でした。その学歴からわかるように、容疑者はけっして「低能」ではなく、ネットのコミュニティで他のユーザーを「低能」と誹謗中傷することからこのあだ名をつけられたようです。無職でも生活できたのは、おそらくは親の援助で暮らしていたからでしょう。

地元で最高の大学を卒業したものの社会生活がうまくいかず、ラーメン店を辞めた頃からアパートに引きこもるようになり、ひたすらネットの書き込みをつづけていたという姿が、ここからは浮かんできます。嫌がらせ投稿を理由に100回以上もアカウントを凍結されたにもかかわらず、新規IDで復活してはまた投稿を始めたことからも、その常軌を逸した執着心がわかります。

犯行の動機は、被害者が通報(ID凍結)を主導していた(と思い込んだ)ことへの逆恨みとされています。これは捜査の進展を待つほかありませんが、容疑者がなんらかの精神障がいを患っていた可能性も考えられます。いずれにせよ、部外者にはささいな諍いとしか思えないIDの凍結が、容疑者の歪んだ理屈では、死でもって償わせなければならないほどの重罪であったことは間違いありません。

アイデンティティは「自分らしさ」のことと思われていますが、これは正確ではなく、「社会的な私」の核心にあるものです。30~50人程度の小さな集団で狩猟採集生活をしていた旧石器時代には、共同体から排除されることは即、死を意味しました。徹底的に社会的な動物であるヒトにとって、「自己」は他人との関係のなかに埋め込まれているのです。

孤独であっても、あるいは孤独だからこそ、ひとは社会のなかで自分の居場所を求めます。その方法は千差万別ですが、プライドの高い容疑者にとっては、誰彼かまわず「低能」と罵ることだったのでしょう。

ところで、「バカ」「死ね」が自己実現のための唯一の表現だったとするならば、それを「表現の自由」として認めるべきでしょうか。

ネットでコミュニティサービスを提供する企業は、規約で発言削除やID凍結の権限を定めています。不適切な発言を通報するのは、ネットの言論空間を健全なものに保つために必要なことでしょう。しかし容疑者はそれで反省することはなく、ますます被害妄想を募らせていったようです。

アイデンティティ(社会的な私)を攻撃されると、ヒトの脳は身体的な暴力と同じ痛みを感じます。生命が危機に瀕すれば全力で抵抗しますから、いったんこの状態になるともはや理性は通用しません。ネットの共同体から排除されそうになった容疑者は、自分が集団でリンチされているかのように感じていたのではないでしょうか。

この事件ほど極端でなくても、ネットが社会の隅々にまで広がった現代には、そこにしか居場所のないひとが膨大にいそうです。彼らをどのように包摂すべきか、あるいは排除してもいいのか、私たちはようやくこの問題に気づいたところです。

『週刊プレイボーイ』2018年9月3日発売号 禁・無断転載

沖縄県知事の死を冒瀆するひとたちの論理 週刊プレイボーイ連載(350)


沖縄の翁長雄志知事が闘病の末に亡くなりました。がんを明らかにしてから、ネットには容姿や病状についての読むに堪えないコメントが溢れ、訃報のニュースは一時、罵詈雑言で埋め尽くされました(その後、削除されたようです)。

こうしたヘイトコメントを書くのは「ネトウヨ」と呼ばれている一群のひとたちです。彼らは常日頃、「日本がいちばん素晴らしい」とか「日本人の美徳・道徳を守れ」とか主張していますが、死者を罵倒するのが美徳なら、そんな国を「美しい」と胸を張っていえるはずがありません。真っ当な保守・伝統主義者は、「こんなのといっしょにされたくない」と困惑するでしょう。

ネトウヨサイトについては、最近は「ビジネスだから」と説明されるようです。しかしこれでも話はまったく変わりません。ヘイトコメントを載せるのはアクセスが稼げるからで、それを読みたい膨大な層がいることを示しています。

自分が白人であるということ以外に「誇るもの」のないひとたちが「白人アイデンティティ主義者」です。彼らがトランプ支持の中核で、どんなスキャンダルでも支持率が40%を下回ることはありません。同様に、安倍政権の熱心な支持者のなかに、日本人であるということ以外に「誇るもの」のない「日本人アイデンティティ主義者」すなわちネトウヨがいます。

彼らの特徴は、「愛国」と「反日」の善悪二元論です。「愛国者」は光と徳、「反日・売国」は闇と悪を象徴し、善が悪を討伐することで世界(日本)は救済されます。古代ギリシアの叙事詩からハリウッド映画まで、人類は延々と「善と悪の対決」という陳腐な物語を紡いできました。なぜなら、それが世界を理解するもっともかんたんな方法だから。

ネトウヨに特徴的な「在日認定」という奇妙な行為も、ここから説明できます。自分たち=日本人と意見が異なるなら「日本人でない者」にちがいありません。事実かどうかに関係なく、彼らを「在日」に分類して悪のレッテルを貼れば善悪二元論の世界観は揺らぎません。

今上天皇が朝鮮半島にゆかりのある神社を訪問したとき、ネットでは天皇を「反日左翼」とする批判が現われました。従来の右翼の常識ではとうてい考えられませんが、この奇妙奇天烈な現象も「朝鮮とかかわる者はすべて反日」なら理解できます。

ところが「沖縄」に対しては、こうした都合のいいレッテル張りが使えません。「在日」に向かっては「朝鮮半島に叩き出せ」と気勢を上げることができますが、基地に反対する沖縄のひとたちを「日本から出ていけ」と批判すると、琉球独立を認めることになってしまうからです。

こうして沖縄を批判するネトウヨは、「反日なのに日本人でなければならない」という矛盾に直面することになります。これはきわめて不愉快な状況なので、なんとかして認知的不協和を解消しなければなりません。「翁長知事は中国の傀儡」とか「反対派はみんな本土の活動家」などの陰謀論が跋扈するのはこれが理由でしょう。――都合のいいことに、探せば本土から来た市民活動家は見つかります。

ネトウヨは、「日本人」というたったひとつしかないアイデンティティが揺らぐ不安に耐えることができません。「絶対的な正義」という幻想(ウソ)にしがみついているからこそ、平然と死者を冒瀆してまったく意に介さないのです。

参考:高麗神社参拝の天皇陛下を「反日左翼」と呼ぶ人たち

『週刊プレイボーイ』2018年8月27日発売号 禁・無断転