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政治家はなぜ「言うだけ番長」化するのか?(週刊プレイボーイ連載692)
「言うだけ番長」という言葉は『夕やけ番長』というマンガが元ネタで、昭和の終わりのプロレス界で、「口ばかり達者で、実際はなにもできない」有名レスラーを揶揄して使われたとされます。それを保守系の新聞社が、2009年に発足した民主党政権の政調会長に対し、「数々の目玉政策を打ち出しながら、ことごとく実現できなかった」としてこのレッテルを貼り、すっかり有名になりました。
政権発足時には70%を超えていた高市内閣の支持率が、調査結果は各社でばらつきがあるものの、5割前後まで急落したと報じられています。これまで高市首相はSNSを効果的に使いこなし、「サナ活」という言葉まで生み出しましたが、数千通たまったメール処理に追われて「(総理就任以来)0時間~3時間睡眠が常態化」という“多忙アピール”に対しては、ねぎらいの言葉よりも冷ややかな反応が多いという逆転現象も起きています。
日本は2022年からの物価上昇で実質賃金が4年連続のマイナスになり、国民の多くは家計の苦しさを実感しています。高市首相はその状況を変えてくれると期待されたのでしょうが、大騒動の末に国会で決まったのは国旗損壊罪と皇室典範改正で、皇位継承者を男系男子に限定したことに対しては、女性天皇を期待する世論が多数派です。
もちろん、高市政権がなにもしていないというわけではありません。インフレにともなって日本の税収は増えており、それを国民に還元し、成長につなげる方針が間違っているわけではないでしょう。
それでも社会保障国民会議では、2年間限定で食品消費税を1%にし、その後に給付付き税額控除に移行するという与党案に対し、減税の代わりに現金給付を主張する野党が対立して混迷しています。首相肝いりの「骨太の方針」にしても、財政悪化を懸念した円安や国債売り(金利上昇)によって、威勢のいい言葉はどんどん後退している印象です。
高市内閣の支持率の推移は、当初の期待がはげ落ち、「SNS映えだけでけっきょくたいしたことはできない」と国民が気づきはじめたことを示しているように思えます。しかしこれは、高市首相への批判というわけではありません。
日本国の予算を見れば明らかなように、社会保障費(31.9%)と国債の利払い(25.6%)、地方交付税(17.1%)で全体の約75%を占めており、それ以外も防衛費や国家公務員の人件費、教育関連予算などで、自由に使える予算はほとんどないのが実態です。
しかしそれでも、政治家はこの現実を認めることはできません。「わたしたちはなにもできませんが、頑張ります」では選挙に勝てないからです。そしてこれは、日本だけでなく、欧米をはじめ世界中で起きていることです。
「言うだけ番長」という批判には、自分の言葉に責任をもち、公約を実行する政治家がいるはずだという確信(あるいは願望)が込められています。しかし実際は、わたしたちは「誰もが言うだけ番長」という世界に生きているのかもしれません。
後記:7月30日、高市首相は来年4月から2年間限定で食料品の消費税を1%に引き下げる方針を正式に表明しました。
『週刊プレイボーイ』2026年8月3日発売号 禁・無断転載
中国人が中国で生きていくとはどういうことか
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2013年3月公開の記事です。(一部改変)

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北京オリンピックを5カ月後に控えた2008年3月、チベット自治区のラサ市でチベット仏教の僧侶らによる大規模な暴動が発生した。事件の真相はいまだ闇のなかで、チベット亡命政府を支持する欧米の人権活動家らは「独立を求める平和的なデモを中国当局が弾圧し140名を超える死者が出た」と非難し、中国政府は「一部のチベット族が漢族や回族の商店で強奪を行ない、治安維持のため必要な措置を講じた」と応酬した。
私がチベットを訪れたのは、オリンピックも終わり、騒乱の記憶も薄れた2009年9月のことだった。
だがこれから書こうと思うのは、チベットへの旅の起点になる青海省・西寧での出来事だ。
人民解放軍に予約していた列車を接収された
おそらく今も同じだと思うのだが、2009年当時はチベット騒乱を受けて外国人の入境が厳しく制限され、個人旅行は許可されず、あらかじめ旅程を決めてガイドが同行することがチベット旅行の条件となっていた。とはいえ、旅行代理店のなかには日本語のホームページを持つところも多く、日程とコースを伝えればあとはすべて手配してくれる。
私が選んだのはチベット旅行の定番コースで、西寧から青蔵鉄道(海抜5000メートルの崑崙山脈を超えることから「天空列車」とも呼ばれる)でラサに入り、ポタラ宮やジョカン(大昭寺)などの世界遺産を見学したあと、チベット仏教四大聖湖のひとつヤムドク湖を経て、パンチェン・ラマの居所のあったチベット第二の都市シガツェや、チベット最大の仏塔を持つバンコル・チョエデ(白居寺)などを回る5泊6日(車中1泊)のルートだった。
トラブルは、最初に日に起きた。
深圳から西安経由で西寧空港に夕方に着き、そのまま西寧駅に向かって午後9時発の青蔵鉄道に乗車するというのが当初のスケジュールだった。ところが、空港に迎えに来た旅行会社のスタッフは、「あなたの切符はキャンセルされました」という。
私が乗るはずだった列車はラサに向かう人民解放軍に接収され、一般旅客は全員が予約取消になったのだと説明された。「この国では誰も軍にはさからえませんから」といわれれば、「仕方ないですね」とこたえるほかはない。
こうしてその夜は、まったく予定になかった西寧の街に泊まることになった。
西寧は青海省の省都だが、外国人旅行者が訪れることはまれだ。古くはチベット族の土地だったが、いまでは人口のほとんどを漢族と回族が占めている。回族というのはイスラム系の少数民族ということになっているが、白い帽子やスカーフを除けば漢族とまったく区別がつかない。
中国のなかでも雲南省や新疆ウイグル自治区、青海省などは交易を通じてイスラム文化の影響を受けた地域で、通婚などでイスラムに改宗した漢族が回族と呼ばれるようになったといわれている。新疆などでは欧米人と見紛う金髪碧眼の住民が中国語を話す姿を見かけるが、西寧の回族は「ムスリムの中国人」のことだ。
旅行会社が手配してくれたのはムスリムが経営するホテルで、室内でも飲酒は禁止だった。街に出ても「清真(イスラム料理)」の看板を掲げたレストランばかりだが、なかを覗くとビールや白酒を飲んでいる中国人グループがいる。
店の女の子に訊いてみると(といっても筆談だが)、店内には酒類は置いていないが、30メートルほど先に酒屋があるので、そこで酒類を買ってきて持ち込むのは自由だという。
同じ清真レストランでも、ウイグルでは店内の一角が酒屋になっていた。上海では清真レストランのメニューにずらりと酒類が並んでいる。それに比べれば、西寧はまだ観光化されていないということのなのだろう。
ビールを飲みながら火鍋を食べ終わると、なにもやることがなくなってしまった。ラサ行きの列車は午後9時発なので、翌日も夜までなにもすることがない。それに気がついて、旅行会社に電話して、追加で費用を払って半日観光を手配してもらうことした。
こうして王さんがやってきた。
「人民の民度が低い」と怒る王さん
王さんは40代半ばの女性で、驚いたことにものすごく流暢な日本語を話した。西寧のような田舎に日本語ガイドがいるなどとは思ってもみなかったから、最初に挨拶されたときはほんとうにびっくりした。
じつは王さんが日本語がうまいのは当たり前で、2年ほど前まで夫と10歳になる長女と3人で愛知県で暮らしていたのだという。夫は日本企業の工場で働いていたのだが、世界金融危機後のリストラで家族3人で日本で生活するのが難しくなり、夫が単身赴任で日本に残り、王さんと娘は実家のある西寧に戻ったのだ。
観光といっても西寧市内にはイスラム寺院や道教寺院、チベット文化の博物館くらいしか行くところがない。いちばんの見所は中国最大の塩水湖である青海湖だが、観光シーズンは湖岸一面を菜の花の黄色が敷き詰める5月や、10万羽以上の渡り鳥がやってくる初夏で、9月になれば訪れる観光客もほとんどおらず、あたりは閑散としていた。おまけにその日は天気が悪く、冷たい風とともに時おり叩きつけるような雨が降ってきた。
車で青海湖まで行き、そこにだだっ広い湖があることを確認すると、寒さに耐えかねて早々に退散することにした。
帰りの車中で、王さんは堰を切ったように話しはじめた。王さんは旅行会社にガイドの登録をしていたものの、まさかこんなところに日本人観光客がやって来るとは思っていなかった。王さんにとってこの日は、ひさしぶりに日本語を話せる機会だったのだ。
王さんは、中国がいかにヒドい社会なのかを滔々と話した(もちろん運転手は日本語をまったくわからない)。
王さんによると、中国ではコネがすべてで、自分が共産党員か、親族に共産党員がいないかぎり、まともな仕事を見つけるのは不可能なのだという。そのうえ中国人は、自分とは関係(グワンシ)のない中国人にものすごく冷たい。
日本では中国の反日運動が大きく報じられているが、実は中国人は日本人に対してものすごく親切だと王さんはいう(中国を旅行しているとき、私も何度も同じことを感じた)。中国人がほんとうに残酷になるのは、(自分の競争相手になって仕事を取り合う)同じ中国人に対してなのだ。
次に王さんが不満を爆発させたのは、中国の行政の腐敗についてだった。中国の役人は、自分たちが主人で人民を下僕だと思っている。しかしそれ以上に王さんを怒らせるのは、中国のひとびとが「お役人さまはエラい」と思い込んで、ぺこぺこと頭を下げることだ。
「それで私、あんまり頭にきて、親戚や友だちを10人くらい日本に連れて行ったんですよ」
王さんたちの日本旅行の目的は、温泉でも秋葉原でもなく、日本の役所を見学することだった。
「市役所の窓口で、私、いってやったんですよ。“ほら、日本では役人が住民にぺこぺこ頭を下げてるでしょ。これがほんとうの役人の姿なのよ”って。みんな口をぽかんと開けて驚いてましたけど」
王さんにいわせれば、中国の役人がいばるのは、人民の民度が低いからだ。だからこそ、コネを求めて誰もが右往左往し、賄賂を払わなければなにひとつ進まず、いつまでたっても選挙すらできずに世界じゅうから馬鹿にされるのだ。
日本で暮らしながら子どもを育てた王さんは、日本の常識(言論の自由や民主選挙)と中国の現実とのギャップに我慢ならない。西寧のような田舎に帰ってくると、なにもかもが絶望的なまでに遅れていて、だからといってその怒りを口にすることもできず、欲求不満がたまっていたときに、話し相手にちょうどいい日本人が現われたのだ。
私にとってもこれは、中国人が中国社会についてどう思っているのか、その本音を知るまたとない機会だった。
しかし話は、それだけでは終わらなかった。行政や政治への批判がひととおり終わると、王さんは私に訊いた。
「ところで、チベット問題についてはどう思ってますか?」
中国の「逆差別」問題
中国人が外国人に対して政治の話をすることはめったにない。とりわけチベット問題は中国における最大のタブーのひとつで、まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかったから私は慌てた。「第2次世界大戦後は民族自決の原則が尊重されるようになったから、国際社会が中国の主張をそのまま認めるのは難しいのではないか」などと、当たり障りのないことをこたえた。
王さんは、私の返事に不満そうだった。
中国では、チベット問題はチベット亡命政府(ダライ・ラマ)と欧米の人権活動家の陰謀だとされている。“反中国”の活動家が過激なチベット仏教原理主義者をたきつけて暴動を起こし、欧米メディアに報道させているというのが「常識」で、王さんはどうやら、同じアジアの同胞として私にも欧米の陰謀を批判してほしかったらしい。
その後、王さんの怒りは少数民族に対する優遇措置(アファーマティブ・アクション)に向かった。
アファーマティブ・アクションは人種差別などで不利益を被っているマイノリティ(社会的弱者)に対する是正措置で、アメリカの黒人に対する大学の優先入学枠などがその典型だ。
多民族社会でありながら漢族が圧倒的多数を占める中国でも、民族の融和を目的に、少数民族へのさまざまな優遇措置が講じられてきた。とりわけチベットでは、反中国のダライ・ラマ派を共産党政府の傀儡ともされるパンチェン・ラマ派に転向させるために、住宅や車などを含む多額の補助金が交付され、子弟が中国国内の有名大学を受験する際にも優先枠が設けられている。そんな話をひととおりしたあとで、「これって不公平でしょ。そう思いませんか」と王さんはいった。
文化大革命の時期に小学校で「科学的社会主義」を叩き込まれた王さんは、宗教はアヘンだと考えている(王さんの同世代はみんな宗教に否定的だという)。わずかな稼ぎをすべてお布施し、来世でのよりよい転生を願って五体倒置を繰り返すチベット仏教徒は王さんには理解不能で、そんな彼らが少数民族だというだけで自分たちより優遇されるのは許し難い「逆差別」なのだ。
王さんの話を聞いて、私は考え込んでしまった。
王さんが中国人のなかでもっとも開明的な部類に属するのは間違いないが、そんな彼女ですら、自分たちは逆差別によって不当な扱いを受けていると思っている。中国の少数民族問題は、私たちが思っているよりずっとやっかいなのだ。
その夜の列車は、到着が1時間以上遅れた。
西寧駅のうす暗い待合室で王さんは、幼い娘と2人で中国で生きていくことの苦労をひとしきり語った。時計は夜の9時を回り、王さんはときどき携帯を取り出しては、「帰りが遅くなるから冷蔵庫のなかのものを暖めて食べていなさい」などと娘に伝えていた。
「電車には自分で乗れるから、早く子どものところに帰ってあげてください」と頼んだのだが、旅行会社の規則で、私が無事に乗車したことを確認しなければならないのだという。
王さんと娘の会話が理解できたのは、彼女たちが日本語を使っていたからだ。王さんの娘は日本の幼稚園で育ったから、中国語よりも日本語の方が自然なのだ。
待合室のひとたちはみな疲れた顔をして、聞き慣れぬ言葉を話す私たちにはなんの関心もないようだった。
電話を切ると、王さんはふうと、小さなため息をついた。
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高齢化によってどんどん貧しくなる日本の運命(週刊プレイボーイ連載691)
高市政権が「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」で、現役世代の社会保険料率の引き下げを明記する方針を決めたと報じられました。
自民と連立を組む日本維新の会は現役世代の負担を軽減するとして、高齢者医療費の窓口負担を「原則3割」にするだけでなく、社会保障負担率を2030年代半ばまでに16%台に引き下げるという数値目標を求めています。
社会保障負担率は医療や介護などの社会保険料の負担の重さを示す指標で、個人や企業が負担する保険料を国民所得で割って算出します。財務省によると26年度の負担率は17.6%の見込みで、負担率を下げるには国民所得を増やすか、社会保険料を減らすかしかありません。国民所得が横ばいの場合、16%台に引き下げるためには3兆円程度の保険料負担の軽減が必要になるとされます。
しかしすぐにわかるように、これは容易なことではありません。高齢化や医療の高度化によって、これからも医療費や介護費が伸びつづけるのは確実です。それにもかかわらず保険料負担を抑えようとすれば、巨額の公費を投入するか、大幅なサービスカットや自己負担増しかありません。
現在、医療費の自己負担は現役世代が3割、70~74歳は原則2割、75歳以上は原則1割ですが、維新は世代にかかわらず平等に3割負担にすべきだと主張しています。また介護保険では、利用者負担は原則1割ですが、一定以上の所得のある2割負担の対象者を拡大するよう求めています。
これに対して自民党は、いまや有権者の3人に1人となった65歳以上の年金生活者の反発をおそれる一方、「改革政党」として若者や現役世代の期待を裏切るわけにもいかないという板挟みになっています。その結果、「目標の検討」という奇妙な日本語になったのでしょう。
国家は国民から税や社会保険料を徴収し、それを年金や医療費として分配しています。働いて得た収入を一次の分配とすると、これは二度目の分配なので「再分配」といいます。
厚生労働省の「所得再分配報告書」によると、2021年の再分配所得(当初所得)の平均は423.4万円で、それが23年に384.8万円になっています。わずか2年間で、世帯所得が9.1%(38万6000円)も減っているのです。なぜこのようなことになるかというと、年金生活に移行するひとが増えているからでしょう(年金は再分配なので、再分配前所得には含まれません)。
このデータから浮かび上がるのは、高齢化によって労働市場からの退出が進むことで、企業がいくら賃上げしても世帯の総所得が減っていくという不都合な現実です。
日本はインフレによって(名目賃金から物価の上昇を引いた)実質賃金が4年連続でマイナスになっており、それが家計を圧迫していたのですが、ようやくそれがプラスに転じつつあるとされます。これはもちろん朗報ですが、それにもかかわらず日本全体の世帯所得が減っていくのですから、それを年金や医療費などの再分配、すなわち現役世代の負担で補わなくてはなりません。
これは日本社会の構造的な問題なので、政治や政策でなんとかできる話ではありません。だからこそ政治家は、必死になって「やってる感」を演出しようとするのでしょう。
参考:「社会保障負担率 自維の攻防」朝日新聞2026年7月10日
『週刊プレイボーイ』2026年7月27日発売号 禁・無断転載