作家・橘玲(たちばなあきら)の公式サイトです。はじめての方は、最初にこちらの「ABOUT THIS SITE」と橘玲からの「ご挨拶」をご覧ください。また、自己紹介を兼ねた「橘玲 6つのQ&A」はこちらをどうぞ。
イゴールの物語
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2012年10月公開の記事です。(一部改変)

******************************************************************************************
ツァールスコエ・セローはサンクトペテルブルグの南にある「皇族の村」で、ピョートル大帝が妃エカテリーナ1世のために建てた豪華な宮殿と美しい庭園で知られている。
第2次世界大戦でサンクトペテルブルグ(当時のレニングラード)を包囲したドイツ軍はこの宮殿に陣を構え、冬を迎えた。時に零下20度を下回る極寒に、ドイツ兵たちは庭園の樹々をすべて切り倒して薪にし、それがなくなると宮殿内の調度品をつぎつぎと火にくべた。貴金属や美術品は収奪され、戦争が終わる頃には絢爛たる宮殿はただの廃屋と化していた。
宮殿の復旧はソ連時代から進められていたが、サンクトペテルブルグ出身のプーチンが権力を握ると国家の威信をかけた一大事業となり、2003年、サンクトペテルブルグ建都300周年にその全貌が一般公開された。
宮殿には壁一面が琥珀細工で覆われた「琥珀の間」があり、その美しさは世界的にも知られていた。ドイツ軍は撤退の際に、ヒトラーへの献上品としてこの豪華な装飾を壁ごと切り出して持ち去ってしまった(その後の行方は謎のままで、輸送船ごとバルト海に沈んだともいわれる)。プーチンは、ロシア全土から琥珀を集め、カネに糸目をつけず、この幻の部屋を現代に甦らせたのだ。
社会主義から資本主義へという価値観の大転換
サンクトペテルブルグで日曜日が1日空いたので、この有名な宮殿を見学しようとホテルのフロントの女性に行き方を聞いた。すると彼女は、「エカテリーナ宮殿はサンクトペテルブルグでいちばん人気のある観光地で、週末はすごく混雑するから、個人で行っても入場を断わられる」という。ほんとうかどうかわからないが(あとで確認するとガイドブックにもたしかにそう書いてあった)、片道1時間かけて追い返されるのではかなわないから、彼女の勧めにしたがってツアーガイドを頼むことにした。
こうして、イゴールがやってきた。53歳で、自分で小さなツアー会社を経営しているという。身長はそれほど高くないが、がっしりとした体型で、スーツにネクタイを締めている。
車内で彼からサンクトペテルブルグの歴史についてさんざん聞かされ、宮殿を見学した。個人ガイドはどこでもフリーパスで、団体客の列に並ぶ必要もないから、たしかにものすごく効率がいい。
琥珀の間を含むさまざまな見所を案内されたあと、庭園に出た。終戦直後はわずか1本の木しか残っていない荒地だったが、往時の記録をもとに東屋まですべて再現したのだという。そんな話をひととおりすると、「なにか質問はないか」という。
歴史の話は聞き飽きたので、ソ連時代はなにをしていたのか訊いてみた。イゴールは、ちょっと驚いた顔をした。そんなことに興味を持つ観光客は、あまりいないのだろう。
イゴールは私を、池の畔のベンチに座らせた。それから私の前で仁王立ちになると、えんえん1時間にわたって自分の半生を語りはじめた。
以下は、社会主義から資本主義へという価値観の大転換を経験した一人のロシア人の物語だ。 続きを読む →
給付付き税額控除、「個人」「法人」の使い分けに見る制度のバグ(日経ヴェリタス連載127回)
超党派の社会保障国民会議で「給付付き税額控除」の導入に向けての議論が始まった。コロナ禍の一律10万円給付が典型だが、日本ではこれまで、なにかあるたびにお金をばらまいてきた。しかしこれでは、あまりに非効率で不公平だ。
突然のパンデミックで仕事を失い、路頭に迷ってしまったひとは、10万円ではまったく足りないだろう。その一方で、お金には困っていないが、とりあえずもらっておく、というひともいたはずだ。
それに対して給付付き税額控除は、一定の所得以下のひとに所得税を減税するだけでなく、控除できなかった差額を現金で給付する。ばらまきに比べれば、このほうがはるかの合理的で公正だ。
制度設計の課題は、所得や資産を正確に把握できないことだ。都内の一等地に暮らす、年金以外に所得がない資産家は給付の対象になるのか。サラリーマンは源泉徴収と年末調整で所得がガラス張りだが、自己申告の自営業者は、給付を受けるために申告所得を調整する誘惑にかられないだろうか。
「税金が安くなる」よりも「お金がもらえる」ほうがずっとインパクトが大きいので、給付付き税額控除を導入した海外でも、制度の定着に苦労しているようだ。
もちろんこうしたことはすでに議論の俎上に上がっているだろうが、ここではあまり触れられない問題を指摘したい。
「マイクロ法人」は私の造語で、自営業者の法人成りのことだ。これによって、「個人」と「法人」の2つの人格を使い分けるという不思議なことができる。
マイクロ法人では、法人(自分)から個人(自分)に役員報酬を支払うが、この額は自由に決められる。法人の所得を減らせば個人の所得が増え、個人の所得を減らせば法人の所得が増えるから、結果的に、どちらの人格で納税するかを選んでいるわけだ。
私がこの方法に気づいたのは20年以上前で、そのときは「個人所得を増やしなさい」が定番のアドバイスだった。当時はマイクロ法人や家族経営の法人は国民年金・国民健康保険に加入するのがふつうで(厳密には違法だったが)、保険料は国民年金は定額、国民健康保険は上限が低く、所得を個人で受け取ったほうが有利だったからだ。
だがその後、政府の景気対策で法人税の税率が大幅に引き下げられる一方で、法人への社会保険加入義務に強化されたことで、状況が大きく変わり、「個人所得を減らしなさい(法人で納税しなさい)」になった。社会保険料は報酬に連動して決まるので、個人の所得を減らすと負担が軽減できるのだ。
ここまでは、制度のバグを利用した一般的な節税(節社会保険料)対策だが、この手法では個人の所得がかなり少なくなることがある(社会保険料負担を最低限にするには年収75万円程度にすればいい)。
だがこれでは、給付付き税額控除の導入で、法人で大きな収入がありながらも、個人で給付を受けるという不合理なことが起きかねない。だからといって、法人の所得と個人の所得を合算して把握するのは簡単ではないだろう。
私にはこれを解決する名案はないが、せめて節税で個人所得を減らしている場合は、給付対象から自主的に除外してもらうオプトアウトの制度をつくるのはどうだろう。これで、不公平感は多少はやわらぐのではないだろうか。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.127『日経ヴェリタス』2025年4月25日号掲載
禁・無断転載
日本人が知らないイタリアの不思議
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2015年8月公開の記事です。(一部改変)

******************************************************************************************
前回はイタリア・ラヴェンナに生まれ、日本で比較宗教論を学んだファビオ・ランベッリの「イタリア人は、暗いからこそ明るい」という逆説の文化論を紹介した。
ランベッリ氏は、、『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(ちくま新書)と『イタリア的 「南」の魅力』(講談社選書メチエ)で、これまで日本ではほとんど語られることのなかったイタリア人の日常の不思議を解説している。今回はそのなかから、宗教、政治、教育を紹介してみたい。
カトリックの歴史を知っていて、宗教に関心を失う
ローマにはカトリックの総本山であるバチカン(ローマ教皇庁)があり、イタリアが敬虔なカトリックの国だということは誰でも知っている。実際、激論の末に国民投票で離婚が認められるようになったのが1974年、妊娠中絶が認められたのはようやく1980年だ。
だが1990年に、戦後イタリアの保守政界を支配してきたキリスト教民主党が大規模な汚職スキャンダルによって解体すると、イタリアの世俗化は急速に進みはじめた。イタリアでは8~9割の国民がカトリック教育を受けるが、ランベッリの見立てによると、いまではその多くは名義だけのカトリックで、実際には無関心や無宗教だという。
カトリックでは11歳になったら聖体拝領が許されるが、そのためには1年ぐらい、毎週土曜日の午後、教区の教会で神父やボランティアからカトリックの教えを学ばなければならない。これが教理問答(カテキズムモ)で、イタリア人の多くはこれによってカトリックの教義について一定の知識を保持している。
これは幼少期に特定の宗教教育を受けることがない日本人との大きなちがいだ。日本人は宗教のことをよく知らないから関心がないが、イタリア人はカトリックの歴史や教義を知っていて、それでも世俗化や近代化のなかで宗教への関心を失うのだ。
イタリアではすべての町や村に教会があり、日本の戸籍制度のように、教会は教区の信者の出生(洗礼)、結婚、死の記録を保存している。
カトリックでは、子どもが生まれてから数カ月以内に教区の教会で洗礼(バッテージモ)を受けてキリスト教徒になる。小学校高学年でキリストの身体(パン)を受ける聖体拝領の秘蹟が、中学生のときにカトリック教育を終了した証として「堅信」の秘蹟が行なわれる。これに続いて多くのイタリア人が受ける秘蹟が婚姻(マトリモニオ)で、神の前で家族をつくることを誓う。
カトリックはプロテスタントとちがって、罪の告解を信者の義務としている。告解を行なうためには、キリスト教的な罪の概念と、それを犯した自己を客観的に認識することが必要だ。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、この告解の秘蹟がヨーロッパ人の「内面」の構築に大きな影響を与えたと論じた。
カトリック信者にとって生涯でもっとも重要な告解の秘蹟が死の直前の終油だ。死を迎えつつある信者のもとを神父が訪れ、慰めの言葉をかけ、告解を聞き罪を許してから、その身体に神聖な油で十字架の印を描く。この終油の秘蹟を受けることで、生前の罪は許されて神に救われるのだ。
このようにカトリックは、政治的、文化的、象徴的な権威としてイタリア人の日常に直接介入している。世論調査などによると、毎日曜日にミサに行き、カトリックの秘蹟を重視するひとは国民の3分の1くらいだそうだが、イタリア人の生活に与えるその影響はやはり大きいといわざるを得ない。
お寺や神社と似ているカトリック教会 続きを読む →