人口ボーナスの終わり

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年3月公開の記事です。(一部改変)

kylauf/shutterstock

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経済成長が生産年齢人口に大きく影響されるという理論は、ベストセラーとなった藻谷浩介氏の『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』(角川oneテーマ21)で広く知られることになった。この本については「インフレやデフレは貨幣現象で人口動態とは無関係」との批判もなされたが、そうしたマクロ経済学的な議論を脇に置いておけば、藻谷氏の主張は1990年代後半から注目されるようになった(人口と経済の相互関係を研究する)人口経済学とほぼ同じだ。

アジアの人口変化と経済発展を専門とする大泉啓一郎氏は、『老いてゆくアジア 繁栄の構図が変わるとき』(中公新書)などで、1990年代以降の「東アジアの奇跡」を人口ボーナスで説明している。

日本の高度経済成長は典型的な人口ボーナス

人口ボーナスというのは、人口がとめどもなく増えていく人口爆発のことではない。

かつての日本を含め、低開発国はどこも多産多死で、10人ちかい兄弟姉妹がいることも珍しくなかった。平均寿命も短いから、末子が成人する前に両親は死んでしまい、長兄(長姉)が親代わりに弟妹を育てることが当たり前だった。

その後、医療の普及や衛生状態の改善で乳幼児の死亡率が下がると、多産多死から多産少死になって若年人口が大きく増える。だがこうした多産少死が定着すれば人口は膨張するから、政府は家族計画や一人っ子政策で子どもの数を減らそうとする。

また産業構造が農業から工業・サービス業に変わり、家計所得が増えて自由な生活が可能になるとともに、子育ての教育費負担が重くなると、成人した若者たちは両親の世代ほど多くの子どもを持とうとはしなくなるだろう。このように、多産少死は少産少死へと移行していく。

人口ボーナスは多産少死から少産少死へと人口動態が変化する時期のことで、生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の増加として表わされる。それがなぜ景気と関係するのか、日本のベビーブーマー(団塊の世代)を例にとって考えてみよう。

第二次世界大戦後に生まれた団塊の世代は、二重の意味で人口の負荷から解放されていた。

親の世代の多くは戦争で死に、平均寿命も長くはなかったから、高齢者の生活を支えるコストは無視できるほど小さかった。それと同時に出生率が劇的に下がったから、子どもを扶養する費用は、(1人あたりの子育てコストは増えたとしても)社会全体では大幅に軽減された。

このような二重の幸運に恵まれた団塊の世代が30代から40代の社会の中核になると、高齢者世代と子ども世代の扶養コストが低い分だけ可処分所得が増え、それを消費に振り向けたり、貯蓄を頭金に住宅ローンを組んでマイホームを購入したりできるようになった。

一国の人口構成上、負担の少ない世代が社会経済の中心になることで、消費が増大して好景気になり、住宅需要で地価が上昇する。この好循環によって、1960年代から70年代にかけての高度経済成長は実現されたのだ。 続きを読む →

AIを殺人教唆で逮捕できるか?(週刊プレイボーイ連載693)

今年2月、カナダ西部のブリティッシュコロンビア州の中高一貫校で、18歳の元生徒が校内で銃を乱射し、生徒5人と女性教諭1人が死亡し、数十人が負傷する事件が起きました。警察が学校に突入すると、容疑者は自らの銃で自殺しており、その後、自宅で容疑者の母親と11歳の義弟が死亡しているのが見つかりました。

カナダの警察によれば、容疑者は生物学的男性に生まれ、12歳の頃に女性への移行を始めたトランス女性で、14歳で学校を中退したあと、メンタルヘルスに関する通報を受けて複数回、警察が出動したことが記録されていました。さらに、精神鑑定のために保護・拘束されたり、精神科施設で治療を受けていたことも判明しました。

その後、事件の遺族が、容疑者がGhat GPTに犯行の相談をしたにもかかわらず通報しなかったとして、開発元のオープンAIを訴えました。訴状によると、事件の8カ月ほど前に容疑者はChat GPTと銃による大量殺人についてやり取りし、これがオープンAIの自動監視システムに検知されました。それを受けて社内の専門チームが、現実の暴力の前兆として警察に通報すべきだと提案したものの、経営陣は「他者への危害についての差し迫ったかつ信頼できる計画は確認できない」として、アカウント停止にとどめました(その後、容疑者は別のアカウントを作成しました)。

AIが殺人や自殺の計画に関与・教唆したとして、開発企業が刑事捜査の対象になったり、遺族から訴えられる同様の事例が相次いでいます。

2025年4月のフロリダ州立大学での銃撃事件では、キャンパス内で学生が発砲し2名が死亡、6名が負傷しました。容疑者は事件当日、ChatGPTに「銃撃事件が起きたら社会はどう反応するか」「学生会館が混雑する時間帯はいつか」などと質問していました。

26年4月には、南フロリダ大学で大学院生2名が殺害されました。 容疑者は犯行の数日前からChatGPTに「遺体をゴミ袋に入れたらどうなるか」「遺体の処理方法」「銃声の聞こえ方」「身元を隠す方法」などを執拗に質問していたことが捜査で明らかになっています。

また、カリフォルニア州で自殺願望を抱えていた16歳の少年が自殺した事件では、ChatGPTがその手段について詳細に助言し、遺書の草案まで作成していたとして25年8月に遺族が提訴しています。

容疑者がAIに犯行を相談した時点で開発企業が警察に通報していれば、悲惨な事件は起こらなかったと遺族が考えるのは当然です。しかしそうなると、どのようなケースなら通報するのかの基準をつくらなければなりません。

映画のシナリオや小説の執筆のためにAIを使っていたら、いきなり自宅に警察が乗り込んできて逮捕される、などということは誰も望まないでしょう。しかし、現実の犯罪の準備と、フィクションの犯罪とをどのように見分ければいいのでしょうか。

AI開発企業は、通報しなければ殺人教唆や自殺ほう助で刑事責任を問われ、通報すれば「監視社会」の批判を浴びます。本音では「だったら法律で決めてくれ」と思っているでしょうが、政治家も行政もこの泥沼に足を踏み入れる気はないので、けっきょくは事件のたびに袋叩きにされる運命を受け入れるしかないのです。

「AIに犯行相談も通報せず 学校銃乱射事件で遺族がオープンAI提訴」朝日新聞2026年4月30日

『週刊プレイボーイ』2026年8月17日発売号 禁・無断転載

チベットの旅の備忘録

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2013年3月公開の記事です。(一部改変)

Xiong Wei/Shutterstock

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当事者でも専門家でもない私がチベット問題を軽々しく論じることはできない。そこでここでは、チベットの旅で感じたことを備忘録風に記しておきたい。

オリエンタリズム

1)欧米人のチベットに対するロマン主義的な感情がもっともよく表われているのは、ブラッド・ピット主演の映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』だ。
この作品は、アイガー北壁の初登頂に成功したオーストリアの登山家ハインリッヒ・ハラー(ナチス親衛隊員でもあった)の自伝をもとにしている(邦訳は『セブン・イヤーズ・イン・チベット  チベットの七年』福田 宏年訳/角川ソフィア文庫)。

ヒマラヤ遠征の途中で第二次世界大戦が勃発し、イギリス領インドで捕虜になったハラーは、親友のペーターとともに収容所を脱走し、険しい峠を越えてチベットに逃れる。賓客として宮殿に招かれた2人はそこで利発な少年と出会い、その人柄に魅了される。ハラーは少年に外国語と欧米の学問を教え、少年はハラーに精神世界の奥深さを伝える。ポタラ宮の主人であるこの少年こそがダライ・ラマだった……。

ハラーの数奇な体験が現在に至るまで多くの欧米人を魅了するのは、「近代社会から隔絶したどこか遠くに、文明に毒されていない無垢で高貴なひとびとが暮らしている」という夢物語を現実のものにしたからだ。

科学が進歩し、生活がゆたかになり、なにもかもが便利になるにつれて“かつてあった純真なものが汚されていく”と感じるのは万国共通で、その幻影を自分たちとは異なる社会に投影して自己満足に耽ることを、パレスチナ生まれの文学者エドワード・サイードは「オリエンタリズム」と名づけて批判した。

アジアにおけるオリエンタリズムには武士道や浮世絵、切腹や芸者などがあるが、明治期の日本が近代化に成功するにつれてその魅力は色あせていく。

それに対して、標高3000メートルを越える高地に壮麗な宮殿を建てて宗教生活を送っているチベットの民ほど、「オリエンタリズム」の夢の舞台として完璧なものはない。

こうしてチベットは、欧米の(主として)知識層にとって、“なにものにも替えがたい特別な場所”になった。この地に生きる聖なるひとびとが共産主義者の手によって権利を奪われているのなら、彼らの自治・独立を支援してともにたたかうのが自由主義者(リベラル)の義務なのだ。

中国にはチベット以外にも少数民族の自治区はいくつもあるが、チベットがことさら注目され大きく報道されるのにはこうした背景がある。 続きを読む →