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トランプはまたTACOるのか? (週刊プレイボーイ連載676)
【註】3月5日執筆の記事です。
アメリカとイスラエルがイランの首都テヘランに空爆を行ない、最高指導者のハメネイ師ら幹部を殺害したことで、中東の状況が大きく変わりつつあります。イラン革命防衛隊は報復としてサウジアラビアやアラブ首長国連邦、カタールなどの石油施設をドローンで攻撃するだけでなく、中東の石油輸送の要衝であるホルムズ海峡を封鎖したと発表しました。世界の石油需要の2割が通過する海峡が使えなくなれば、原油やLNG価格が高騰し、日本経済への深刻な影響が懸念されます。
トランプはこの武力攻撃を、「差し迫った脅威を排除し、米国民を守る」ためだと正当化しましたが、自分や家族の生活がイランによって脅かされていると感じているのは、アメリカ人ではなくイスラエルのひとびとでしょう。そのイスラエルにとっては、仮に戦争が拡大して地上軍を派遣せざるを得なくなっても、前線に立つのは米軍であって自分たちではありません。いくらトランプでも、イスラームの国にイスラエルの軍隊が侵攻するのを許し、全世界のムスリムを敵に回そうとは思わないでしょう。
シーア派のイランと敵対するスンニ派のサウジアラビアなども同じで、アメリカを巻き込むことができれば、自分たちの血を流すことなく、安全保障上の脅威を取り除くことができます。
そう考えれば今回の作戦は、アメリカではなくイスラエルや中東のスンニ派の国々に圧倒的に有利です。11月の中間選挙に向けた支持率回復と「レガシーづくり」に必死なトランプが、イスラエルのネタニヤフ首相やサウジアラビアのサルマーン皇太子に乗せられたという「陰謀論」もあながち間違いとは思えません。
一連の「トランプ劇場」は、今年1月にベネズエラの首都カラカスを米軍の特殊部隊が急襲し、反米のマドゥロ大統領を拘束・連行したことから始まりました。トランプはこの作戦を「独裁者からベネズエラ国民を解放する」と正当化しましたが、けっきょくは副大統領が大統領になり、従来の権力構造もそのまま維持されたので、「反米政権がアメリカに従順な独裁政権に変わっただけ」ともいえます。中南米の反米のリーダーであるキューバも、ベネズエラからの石油輸出が止まったことで苦境に追い込まれましたが、だからといって体制が崩壊する兆しは見られません。
ベネズエラと同じく、トランプはイランが“ディール”に応じて自分の面子を立てれば態度を豹変させる、すなわち「TACOる(Trump Always Chickens Outの略で、「トランプはいつも最後はビビッて引き下がる」のスラング)」可能性があります。
その一方で、トランプの「岩盤支持層」とされるMAGA(アメリカを再び偉大に)」派の共和党議員のなかにも、外国への侵攻は公約とちがうと反発する者がおり、目に見える成果を出さなくてはならないトランプがさらなる賭けに乗り出すことも考えられます。イスラエルも、イランの核の脅威が完全になくなるまで攻撃の手をゆるめようとはしないでしょう。
現時点ではこの戦争がどちらに展開するかわかりませんが、その結果は日本経済やわたしたちの将来にも大きな影響を与えるでしょう。
【追記】その後、トランプはイランの指導者を殺害すれば、ベネズエラと同じように従順になると思っていて、イランの抵抗が予想外に強硬で”ディール”に応じる気配がないことで激怒し、政権内が混乱していると報じられました。
【追記2】長年のトランプ支持者でテロ対策の責任者に任命されたジョー・ケントは3月17日、トランプ政権は「イスラエルとその強力な対米ロビーの圧力によって、この戦争を始めた」として抗議の辞任をしました。
『週刊プレイボーイ』2026年3月16日発売号 禁・無断転載
DIYの「ネオリベ国家」アイスランドを旅して
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2012年8月公開の記事です。(一部改変)

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アイスランドのことは白夜とオーロラくらいしか知らなかったのだが、ここはとても変わった国だ。
私が訪れたのは2012年6月初めで、ロンドンを午後10時55分に経ち、レイキャビクから西に50キロほど離れたのケプラヴィーク国際空港に午前1時10分に到着した。Iceland Expressという航空会社では、これがロンドンからアイスランドに向かうその日唯一の便だ。なんでこんな奇妙な時間に運行するのだろう。
冷戦時代の米軍基地を民営化した空港の入管を通過すると、目の前がスーパーマーケットになっていて、深夜だというのにみんながそこで買い物をしている。
到着ロビーを出ると外はまだ明るく(6月は白夜なので暗くならない)、観光シーズンだからか旅行会社やレンタカー会社がごくふつうに営業している。スーパーでも女性たちが当たり前のようにレジ打ちをしていたが、夏のアイスランドは国全体が24時間営業のようなのだ。
レンタカーを借りようとすると、キーといっしょに車体の傷を示す紙を渡されて、「自分で確認して、記入漏れがあったらこの場で申告してほしい」といわれた。なんのことかわからず訊き直すと、返却の際に車体の傷が増えていると賠償が発生することがあるが、そのときになって「これは最初からついていた傷だ」と苦情をいっても手遅れなのだという。
駐車場に行ってみると、たしかにみんな、書類を片手に車体を真剣にチェックしている。細かな傷を見つけると、それを書類に書き込んで、もういちどカウンターまで持っていくのだ。これまでいろんな国でレンタカーを借りたが、こんなシステムは初めてだ(しかも時刻は午前2時を回っている)。
アイスランドは滝や温泉、火山や湖など雄大な自然が魅力だ。とくにレイキャビク周辺の観光地には、短い夏のあいだヨーロッパじゅうから自然愛好家たちが押し寄せる。
そうした観光地にはレストラン兼土産物屋が併設されているが、それらはすべてセルフサービス方式だ。スープやサラダ、サンドウィッチ、飲み物やデザートを自分で選んでトレイに載せ、レジに持っていく。ヨーロッパではファストフード店でも食べ残したものをそのままテーブルに置いておくのがふつうだが(掃除は客のやることではないとされている)、ここでは店内にゴミ箱が設置され、日本と同じく次のひとのために客が自分で後片づけをする。
レイキャビクのホテルに着くと、駐車場が満車だった。フロントの女性にどうすればいいか訊くと、午後6時から翌日の午前10時までは路上駐車が許されているから、そのあたりに適当に駐めてくれという。10時過ぎたらどうなるのかと訊くと、ちょっと肩をすくめて、「レッカー移動される前に自分で動かしてね」といわれた。
このような経験を繰り返すうちに、ようやく私も気がついた。この国は、Do It Yourself(DIY)の原理で動いているのだ。 続きを読む →
関税とは「消費税」の別の名前だった(週刊プレイボーイ連載675)
「タリフマン(関税男)」を自認するドナルド・トランプは、アメリカはずっと不利な貿易条件を強要・搾取されてきたとして、それを是正するために、中国だけなく日本やEUなど同盟国にまで高関税を課しました。関税で“懲罰”を加えれば、相手国は不公正な貿易慣行を是正せざるを得なくなり、海外に移転していた鉄鋼・自動車などの製造業がアメリカに戻って、ラストベルト(錆びついた地域)は荒廃から復活できるというのです。
ところがニューヨーク連邦準備銀行の調査で、アメリカの平均関税率は2025年はじめの2.6%から年末には13%まで上昇したものの、トランプが輸入品に課した関税の約9割は、アメリカの企業や消費者が負担していることがわかりました。米議会予算局(CBO)の直近の報告書でも、関税による輸入品価格の上昇分の大半は米側が吸収し、その3割が企業負担、7割が消費者負担と推計されています。
トランプ関税に反対する経済学者らは、関税は「外国への課税」ではなく、輸入品価格の上昇によって国内物価が上がるだけだと批判しました。実際、消費者物価指数(CPI)は2025年3月の2.4%から夏(9月)には3%まで上昇しました(その後、インフレ率は下がっています)。関税とはいわば「消費税」の別の名前だったのです。
消費税は輸入品だけでなく、国内のすべての商品(食料品などが軽減される場合もある)に一律に課せられるので、税率を上げても外国と経済紛争になることはありません。それに対して関税は、特定の国を制裁対象とすることで国際関係が緊張します。輸入品を通じて間接的に課税する関税は効率が悪いように思えますが、それが政治家に好まれるのは、消費者に税を課していることをごまかせるからでしょう。
経済学の理論に反し、連邦最高裁でも違憲とされたトランプ関税を「ブードゥー(呪術)経済学」と揶揄するのは簡単ですが、そもそもグローバリズムが諸悪の根源だとして、2000年前後にWTO(世界貿易機関)に対するはげしい抗議行動を行なったのは労働組合、環境団体、開発NGOなどの左派(レフト)でした。それがいまや、トランプはWTOから脱退すると脅し、供出金の支払いを一時停止しています。
「反グローバリズム」であれだけ大騒ぎしたのですから、左派はトランプの関税政策を熱烈に賛美するか、さもなくば自分たちが間違っていたことを認めるほかありませんが、自分たちがなにをいっていたのかを忘れてしまったようです。これはあまりにも不誠実でしょう。
もうひとつ、日本はトランプ関税の「被害者」とされていますが、その一方でコメや牛肉に高い関税を課しています。関税は「消費税」なのですから、これは日本の消費者に高い食料品を買わせることで一部の農家を守っているわけです。
コメ価格の急激な上昇で社会が動揺したとき、インフレ対策として各党は消費税減税を掲げましたが、「関税を撤廃すればコメの値段は安くなる」という正論を唱える政治家はいませんでした。これを「同じ穴のムジナ」というのでしょう。
【後記】この記事はアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃より前に執筆されましたが、トランプが軍事的な冒険を選んだ理由のひとつは、関税が思ったような効果をあげなかったことだと思います。
「トランプ関税 9割は米国側負担」朝日新聞2026年2月16日
『週刊プレイボーイ』2026年3月9日発売号 禁・無断転