作家・橘玲(たちばなあきら)の公式サイトです。はじめての方は、最初にこちらの「ABOUT THIS SITE」と橘玲からの「ご挨拶」をご覧ください。また、自己紹介を兼ねた「橘玲 6つのQ&A」はこちらをどうぞ。
『難しいことはわかりませんが、1億円貯める方法を教えてください!』あとがき
大橋弘祐さんに書いていただいた『難しいことはわかりませんが、1億円貯める方法を教えてください! 普通の会社員が「億り人」になって自由に生きる超現実的ルート』(文響社)のあとがきを、出版社の許可を得て掲載します。
******************************************************************************************
私は落ちこぼれでした。子どもの頃から親や教師のいうことがよく理解できなかったし、学校では同級生のやっていることがずっと不思議でした。
これはべつのところで書いたのですが(『80’s エイティーズ ある80年代の物語』幻冬舎文庫)、大学生になっても「働く」ということがわからず、就職活動はまったくしませんでした(というより、できませんでした)。
それでも新聞の求人広告を見て新橋の雑居ビルにある小さな出版社に拾ってもらい、そこでようやく自分が業界の最底辺にいることに気づきました。とはいえ、時間を巻き戻してもういちどやり直すことはできません。
こうして、「世の中の仕組みはどうなっているのか?」を考えるようになりました。
人生がゲームだとすれば、上手にプレイするには、ルールがどうなっているかを知らなければなりません。ところが私は、こんな当たり前のことに気づかず、「好きなようにやっていれば、なんとかなるだろう」と能天気に考えていたのです。
24歳でデキ婚して、子どもが生まれてからも年収120万円(80年代はじめとはいえ” 極貧”です)で暮らし、友だちと編集プロダクションを始めたもののすぐにつぶれ、25歳のときに運よく中堅の出版社に拾ってもらってようやくひと息つけました。
ところが三十代になると、自分がサラリーマン(管理職)に向いてないのではないかと思うようになりました。とはいえ、その頃は子どもが小学生で、会社を辞めて生きていく自信はありませんでした。このときはじめて、人生には経済的な土台が必要だという現実を突きつけられたのです。
そういうわけで、「人生設計」について考えるようになったのは35歳のときでした。読者のなかには、「そんなのもっと早くから知っていたよ」と思ったひともたくさんいるでしょう。
40歳になって文筆家として独立しますが、それ以来書いてきたのは、「自分のように社会のメインストリームからドロップアウトした人間が、どうやって生き延びるのか」です。だから、私の本の読者は同じようなひとたちだと思っていました。
この本を書いてくれた大橋弘祐さんは、大学で就活を頑張って大手通信会社に入社したのですから、私よりずっとちゃんとしています。最初に会ったときは(ずいぶん前です)、「なぜこんなエリートビジネスマンが出版業界なんかに転職したんだろう」と不思議でした。
でも「(本書に掲載された大橋さんの)体験談 僕が黄金の羽根を拾うまで」を読むと、大橋さんは入社以来、仕事になじめず、「ダメ社員」になってしまったようです。20代後半で「このままではさすがにマズい」と思ってブログを始め、それを見た作家の方から声をかけられて小説を書くようになり、13年間勤めた大手企業を辞めて出版社の立ち上げに参加した、という話ははじめて知りました。大橋さんもやっぱり「ドロップアウト組」で、だからこそ私の書いたものに興味をもってくれたのでしょう。
誰もがうらやむようなメインストリームにいたはずの大橋さんも、30代でドロップアウトしています。そう考えると、そもそも順風満帆の人生を送っているひとなどほとんどいないことがわかります。
会社は社員の人生すべての面倒を見てくれるわけではありません。仮に、いまは会社でうまくいっていたとしても、出世し続けて役員になる人はごく一部です。運よく、社長に上り詰めたとしてもいつか引退があります(70歳で引退しても100歳まで生きたら、残り30年も人生が続きます)。
そもそも勤務先の会社がいつまで続くかわかりません。だとすれば、早いか遅いかのちがいがあるだけで、誰もがどこかで「落ちこぼれる」のです。
でもこれは、それほど悪い話ではありません。ドロップアウトは、「自由」を手入れることでもあるのですから。
*
世の中には「成功法則」があふれていますが、じつは私はそうした本をあまり読んだことがありません。「絶体絶命の危機を乗り越えて成功した」という波乱万丈の物語は魅力的ですが、それと同じことができるわけはないし、実際には自分とはなんの関係もないことがほとんどだからです。
私が知りたかったのは、「一般化できる成功法則」です。たとえば、同じ収入でも支払う税・社会保険料が少なければ、そのぶんだけ可処分所得が増えます。1年ではたいした金額ではないかもしれませんが、それが10年、20年と続けばその差は複利で広がっていきます。
これが「マイクロ法人」戦略ですが、最近ではNISAが「一般化できる成功法則」です。これらは、条件さえ同じなら誰でも使えて確実に効果があります。
本書では、こうした成功法則(黄金の羽根)を大橋さんが自ら実践してみた体験が、わかりやすい図表とともに語られています。私が読んでも、「ああ、こういうふうに説明すればよかったのか」と気づかされることがたくさんありました。
日本ではずっと、新卒でたまたま入った会社に定年まで「滅私奉公」するのが当たり前で、OECDをはじめとするあらゆる国際調査で、日本のサラリーマンの仕事へのエンゲージメント(やる気)がきわだって低いことが明らかになっています。日本の知識人は右も左も「日本的雇用が日本人(男だけ)を幸福にした」として、ネオリベ(新自由主義)の「雇用破壊を許すな」と大騒ぎしてきましたが、じつは1980年代のバブル最盛期ですら、「日本人は世界でいちばん仕事が嫌いで、会社を憎んでいた」のです。
なぜこんなことになってしまうかというと、日本の会社が終身年功制によって40年も社員を「監禁」しているからでしょう。解雇がきびしく制限され、労働市場に流動性がない日本では、中高年が転職しようとすると収入が大きく下がるか、そもそも雇ってもらえません。そうなると、どれほど嫌な仕事(あるいは嫌いな上司)でも会社にしがみつくしかなくなりますから、会社を憎むようになるのも当然です。
嫌な仕事はさっさと辞めて、フリーエージェントとして生活できれば、人間関係のしがらみ(健康・お金と並ぶ不幸の大きな原因です)から自由になれますが、いきなりそんなリスクは負えないというひともいるでしょう。私も独立するときはずいぶん悩みましたから、この気持ちはわかります。
そこで、会社員として働きながら別の可能性にチャレンジする「副業」が注目されています。ただし、私には副業の経験がないので、自分のノウハウがどのように活かせるのかよくわかりませんでした。でも本書では、大橋さんが自身の体験から、「副業しながらどうやって黄金の羽根を拾うのか」を解説してくれます。
人類史上、未曽有の超高齢社会になった日本は、発展途上国ならぬ「衰退途上国」と揶揄されますが、それでもGDPでは世界第4位の経済大国です。そんなゆたかな社会に生まれた幸運を活かせば、経済的な独立を達成するのはけっして無理な目標ではありません。そればかりか、「合理的な人生設計」を実践すればほぼ確実に達成できるでしょう。
この本によって新たな読者を獲得して、一人でも多くのひとが「自分らしく生きる」人生を手に入れてほしいと願っています。
2026年2月 橘 玲
「世界最大の”推し活”」ワールドカップを支える市場原理
6月14日(現地時間)にテキサス州ダラスで行なわれた日本とオランダの一戦を現地で観戦しました。
会場となったAT&Tスタジアムは地元では圧倒的な人気を誇るアメリカン・フットボールのダラス・カウボーイズの本拠地で、入場者は約7万人とほぼ満席、後半に互いに2点を取り合う展開に大変な盛り上がりでした。
今回驚いたのは、日本人サポの数の多さです。8年前のロシア・ワールドカップでは、ロストフ・ナ・ドヌで行なわれたベルギー戦を現地観戦しましたが、日本人サポは3000人くらいでした。ところが今回は、会場に向かう電車の車内は日本代表のユニフォーム姿ばかりで、すくなくとも2万人は集まったのではないでしょうか。
今回の代表への期待がそれだけ高いということもあるでしょうが、幼い子どもを連れた家族に声をかけると、アメリカで働いているとのことでした。代表のユニを着た男の子と英語で話している親子は、日系アメリカ人でしょう。日本からのサポだけでなく、アメリカに住む日本人や日系人が大挙してやってきたからこそ、この人数になったのだと思います。
同様の現象は他の試合でも見られ、ロサンゼルスで行なわれたイラン×ニュージーランド戦では、アメリカによるイランからの入国禁止もあって空席が懸念されましたが、全米のイラン人コミュニティだけでなく、別の国籍をもつイランのサポが世界中から駆けつけ、巨大なスタジアムをイランのホームに変えました。
韓国×チェコ戦でスタジアムの空席が話題になりましたが、これは試合が行なわれたメキシコのグアダラハラの治安が不安だからで、試合会場がアメリカならやはり在米の韓国人が押しかけたでしょう。アメリカには移民や移民出身者の大きな社会があり、それが熱狂的な応援をつくりだしているのです。
今回のワールドカップでは、チケットの高騰が問題になりました。チケットは下層階のカテゴリー1と、上層階のカテゴリー2に大きく分けられ、グループリーグのカテ1の正規価格は人気カードが450ドル(約7万2000円)、それ以外が350ドル(約5万6000円)ですが、この価格で入手できたのは抽選に当たった幸運なひとだけで、ほとんどはFIFAが行なうリセールで購入したと思われます。
これはいわば「公式転売」で、チケット保有者はできるだけ高く売ろうとし、買い手は少しでも安くてよい席を手に入れようとして、「市場原理」で価格が決まります。
この転売システムによって人気カードの価格はグループリーグで2~3倍、決勝にいたっては10倍以上にもなり、8万ドル(約1280万円)で取引が成立したとして話題になりました。FIFAは転売にあたって売り手と買い手の双方から15%の手数料を徴収しますから、まさに濡れ手に粟のぼろ儲けです。
とはいえ、FIFAのインファンティーノ会長が反論するように、これまでは民間の転売業者が同じことを行なっていて、その利益はいっさい選手などサッカー界に還元されませんでした。転売をFIFAが主催することで、闇業者を排除できるというわけです。
ワールドカップは「世界最大の“推し活”」で、それを移民ですら数十万円のチケットを(無理すれば)買うことができるアメリカのゆたかさが支えているのです。
『週刊プレイボーイ』2026年6月29日発売号 禁・無断転載
2012年の中国の不動産バブル3 成都
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2012年12月公開の記事です。(一部改変)

******************************************************************************************
これまで、安徽省の合肥、海南省の三亜とバブル化する中国の不動産市場を見てきたが、ここでは内陸部の中核都市・四川(Sichuan)省の省都・成都(Chengdu)を例に、なぜこのような異常な(と思える)バブルが増殖するのか、そのメカニズムを考えてみたい。
参考:2012年の中国の不動産バブル1 合肥
2012年の中国の不動産バブル2 三亜
基礎データとして、四川省の公式人口は8700万人(成都は1000万人)、東に位置する重慶(人口3000万人)も、内陸部振興のため1997年に直轄市になる以前は四川省に属していたから、四川・重慶の経済圏は人口で見れば日本に匹敵する。
成都は三国志の時代の蜀の都で、軍師・諸葛亮を祀った武侯祠には蜀漢の初代皇帝劉備や関羽、張飛など武将の塑像が鎮座し、多くの観光客を集めている。それ以外にも町を囲む府河、南河の川沿いに歴史的な建造物は多く、パンダの故郷や四川料理でも有名で、中国内陸部の都市では西安と並んでその知名度は圧倒的だ。
中国内陸部が今後、沿岸部並みの経済発展を遂げるなら、その中心に位置する成都が北京や上海に匹敵する大都市になっても不思議はない。成都の中心部では大規模なショッピングセンターや高層コンドミニアムの建設が急ピッチで進んでいるが、これを“バブル”と決めつけていいのか判断が分かれる理由だ。
ソフトランディング派は、「現在の不動産価格が割高なのは間違いなく、ある程度の調整は避けられないだろうが、ひとびとの不動産購入意欲は高く、賃金も上がってきているから暴落のようなことは起こらない」という。外資系企業の駐在員などが住む高級コンドミニアムは借り手がつかず、空室が増えているというが、この町の潜在成長力を考えればたんなる景気の踊り場に過ぎないのかもしれない。
しかしこうした楽観論は、成都郊外で建設中の新都心・世紀城(Century City)を見たとたんに一瞬で吹き飛んだ。3年ほど前に訪れたときは国際展示場と外資系ホテルしかなかったのに、市街と結ぶ地下鉄が開通したこともあり、今では見渡すかぎり建設用クレーンが林立している。そこでは荒地を大都会に変える、とてつもない規模の不動産開発が行なわれていた。
不動産バブルの背景
中国で不動産開発が過熱するようになった理由は、しばしば指摘されるように、1990年代の税制改革(分税制)で地方政府が財政難に陥り、それ加えて2006年に農業税が廃止されたことで、財源の多くを土地使用税に頼るようになったからだ。その結果、省政府だけでなく、その下の市や県まで不動産開発で税収を確保しようと躍起になった。
中国では土地はすべて国有だが、その利用は地方政府の裁量に任されている。形式的には地方政府が都市計画を作成し、入札で民間事業者に50~70年の土地使用権を売却するのだが、実態としては地方政府が不動産開発のビジネス主体なのだ。
世紀城を例にとれば、成都市政府はまず、手狭になった旧市街とは別に郊外に新都心を建設すべく場所を選定し、道路や地下鉄など交通インフラの整備計画を立てる。そのうえでランドマークとなる国際展示場を建設し、地下鉄の開通に合わせて民間のデベロッパー(不動産開発業者)を募るのだ。
民間事業者は自己資金だけでは大規模プロジェクトを手がけられないので、巨額のファイナンスが必要になる。市場経済ではこのファイナンスは民間の金融機関が自らのリスクで行なうが、中国では資金の大半は地方政府の仲介により、国営銀行(国有商銀)か、国営銀行から融資を受けた国営の投資機関が手当てすることになる。
このように中国では、地方政府と国営銀行(国営投資機関)、民間事業者が三位一体となって、権利関係の調整が面倒な市場経済よりもはるかにスピーディに都市開発を行なってきた。「世界の工場」としての輸出産業と並んで、不動産開発が中国経済の原動力になってきたといわれる由縁だ。

不動産開発という錬金術
だがこの“官民共同”の不動産事業には、市場原理による投資の抑制がはたらかないという本質的な欠陥がある。べつに難しい話をしなくても、これはそれぞれのプレイヤーのインセンティブを考えればすぐにわかることだ。
都市計画を作成する地方政府の幹部は、どこの不動産が値上がりするかを計画段階で知ることができる。彼らはその特権を使って、地下鉄駅に隣接した高層コンドミニアムの最上階など、値上がり確実な物件を先に押さえてしまう。
それに加えて、この取引には1銭の自己資金も必要ない。国営銀行から不動産開発融資を引き出す際に、自分用の住宅ローンもついでに借りてしまえばいいからだ。
事業計画が公表され不動産開発が始まれば、投機資金の流入で物件の完成前から不動産価格は大きく上がるだろう。そうなれば、先回りして購入した投資物件の含み益を担保に国営銀行からさらに融資を引き出して、別の「特別物件」を買えばいい。
こうした不動産取引を繰り返すことで、中国の中央政府・地方政府の高官は短期間で億万長者になっていく(不動産開発資金を融資する金融機関幹部も同じ役得にありつくのはいうまでもない)。
入札に臨むデベロッパーは、地方政府や金融機関の幹部のための物件を用意し、人脈を駆使してライバルよりも有利に立とうとする。だがプロジェクトの落札にもっとも重要なのは、地方政府の面子が立つような派手な計画(超高層ビルなど)だ。
不動産開発はたんなる利殖の手段ではなく、自らのプロジェクトが他省や他の都市を圧倒すれば、それが中央政府や省政府内での権力の源泉になる。このようにして、計画は予定調和的に大型化していく。
不動産開発は、2008年のリーマンショック後に中国政府が行なった大規模な景気対策でさらに加速する。09年と10年の2年だけで銀行融資は2兆7000億ドル(約220兆円)の巨額に達し、この過剰流動性が資産価格の大幅な上昇をもたらしたことは先にも述べた。
実態を無視した不動産開発がどのような帰結を迎えるかは、内モンゴル自治区のオルドスが象徴している。
石炭の産地として知られるオルドスでは、資源価格の高騰を追い風に不動産開発が行なわれ、高層ビルが林立する新都心がたちまちのうちに現われた。だが世界金融危機の煽りを受けて石炭価格は下落し、不動産価格を抑制する中央政府の政策変更(2010年)でバブルがはじけると、新都心は誰も住まないゴーストタウンになってしまった。
石炭の採掘権を売って大金を手にした農民は、それを元手に借り手のいないコンドミニアムを何軒も購入し、価格の下落で破産や夜逃げが続出したのだ。
もちろん、石炭以外に経済の実体がなかったオルドスと、中国内陸部の主要都市である成都を同列に語ることはできない。だがそれでも、あやういバブルの構図はよく似ている。
フリーレントに売上保証
中国版バブルでは、各省や地方政府ばかりではなく、地方政府内でも有力者同士が競って不動産開発を手がけ、その結果、似たような施設があちこちにできることになる。商業物件なら高級ブランドや外資系5つ星ホテル、オフィス物件なら外資系金融機関やIT企業が優良テナントで、彼らを誘致できるかどうかで事業の成否が決まるから、大幅なダンピングが当たり前に行なわれている。
ショッピングセンターなら、ルイ・ヴィトンやシャネル、プラダなどをテナントにするのが超一流の条件だ。デベロッパーがもっとも恐れるのは、こうした高級ブランドをライバルに持っていかれることで、いまでは2年のフリーレント(賃料無料)が最低条件といわれている。
会社員の月収が管理職で1万元≒13万円、サービス業なら店長クラスで4000元≒5万円という現在の所得水準では、10万円以上もする(本物の)ヴィトンのバッグを中間層が買えるはずはない。それでも高級ブランドが積極的に出店するのは、きわめて安いコスト(人件費と内装費)で自社ブランドへの“憧れ”を植えつけることができると考えているからだろう。複数のショッピングセンターにフリーレントでアンテナショップを出し、賃料が発生するようになったら整理・撤退すればいいのだ。
飲食店の場合は仕入れコストがかかるから、物販のようにフリーレントだけでは有力テナントを集めることができない。そのため、月額10万元(約130万円)程度の売上げ保証まで提示されているという。
フリーレントが常態化するのはオフィス物件も同じで、外資系金融機関などは広告塔としてきわめて有利な条件で入居できる。外資系ホテルが次々とオープンするのはホテル運営会社がまったくリスクを負わない受託方式だからで、デベロッパーはホテル運営会社にマネジメント料やブランド料を支払ったうえで、事業の損失をすべて負わなければならない。
有力テナントを誘致してライバルと差別化する戦略は一見わかりやすいが、賃料がほとんど入らないのだから、当然のことながらデベロッパーの資金繰りは悪化する。だが、ライバルより先に賃料を徴収すればテナントが撤退してしまうかもしれない。そうなれば事業そのものが頓挫してしまうから、どこもこの“勝者なき持久戦”をつづけざるを得ないのだ。
それでは、デベロッパーはどうやって資金繰りをつけているのだろうか? コンドミニアムが計画どおりに売れればなんの問題もないのだが、そうでなければ金融機関から融資を受けるしかない。
もっとも、いくら国営金融機関でも売上げのない物件に安易な追加融資はできない。融資を受けるには相応の名目が必要で、それは地方政府のお墨付きのある新たな不動産開発事業しかない。
地方政府の立場としても、デベロッパーが倒産すれば金融機関の不良債権が表に出てしまう。さらには物件価格が下落すれば、不動産を担保に借金をしている自分の資産まで大きく傷つくことになる(場合によっては破産してしまうかもしれない)。
地方政府の幹部たちは、不動産の転売で巨額の富を築いた前任者の成功を目の当たりにしている。だとしたら、自分が同じ幸運を手にするまではどんなことでもするだろう。
このような理由で、デベロッパーの経営が苦しくなればなるほど、新たな都市計画と公共投資で不動産バブルが加速していくのだ。
バブルは崩壊するのか?
中国でいま起きていることは、このようなメカニズムで説明可能だ。この負のスパイラルを逃れる道はないのだろうか?
ソフトランディング派のひとたちは、中国政府の経済テクノクラートたちは日本の不動産バブルを研究しており、適切なマクロ経済政策で破綻を回避できるという。80年代のバブル崩壊の引き金を引いたのは旧大蔵省の総量規制と日銀の金利引き上げだが、中国の金融当局はこうした劇薬を避け、地方政府ごとに不動産価格の抑制目標を設定し、不動産投機には土地増価税(キャピタルゲイン税)を厳格に徴収し(5年以内に売却した一定以上のキャピタルゲインに対して20%課税)、個人が住宅を購入する場合の頭金比率を引き上げた。
2010年4月17日に国務院が発表した「一部の都市における住宅価格の急騰を断固として抑えることに関する通知」(通称“国10条”)によれば、建築面積90平方メートル以上の住宅を購入する場合、1軒目の頭金比率が20%から30%に、2軒目の頭金比率が40%から50%に引き上げられ、貸し出し金利が基準金利の1.1倍を下回ることが禁止された。また一部の地域では、3軒目の住宅購入に対する住宅ローンの停止、非現地居住者に対する新規住宅ローンの一時停止、一定期間内に一家族が購入できる住宅数の制限などのより厳しい措置が定められた(日本総研調査部・関辰一「中国の不動産バブル崩壊リスクは極めて小さい」)。
先に述べた内モンゴル自治区オルドスのバブル崩壊はこの通達によって人為的に起こされたもので、中国政府が不動産投機を管理できている証拠となる。
もうひとつの楽観的な見解は、不動産価格の上昇を抑制できれば、いずれは中間層の所得が上昇して年収の5~6倍の範囲で住宅が購入になるだろう、というものだ。
実際に、中国国務院は2012年6月11日に発表した「国家人権アクションプラン」で、「賃金の正常な増加に関するメカニズムを構築し、最低賃金基準を安定的に引き上げ、最低賃金基準を年平均13%以上引き上げる」と明記している。沿海部の人件費の高騰が報じられているが、これによれば内陸部も含め、中国の人件費は今後5年間でほぼ倍になることになる。
しかしこれは、荒唐無稽な政策というわけではない。
経済学者のあいだでは、中国企業の労働分配率の極端な低さが指摘されてきた。
日本の場合、国民所得に占める雇用者報酬の比率(労働分配率)は74.1%、中小企業では81.0%となっている(2009年度)。もっともこれは世界金融危機後に大きく上昇したもので、2007年以前は60%台でアメリカやイギリスなどとほぼ同じだった。それに対して中国の労働分配率はわずか34%と、先進国の半分しかない。
中国は「社会主義的市場経済」といわれるが、その実体は、株主が労働者を搾取して富を分け合う「強欲資本主義」そのものだ。その結果一部の特権層に富が集中し、それが過剰貯蓄となって株や不動産などの資産インフレを引き起こす。だとすれば、労働分配率を先進国並みに引き上げて、所得を消費に回す中間層を育成するという経済政策は理にかなっている。
だが逆にいえば、外国企業がこぞって中国に進出したのは、売上げに対して株主の取り分が法外に大きいからだ。そのメリットが失われ、ふつうの商売しかできなくなれば、生産拠点としての中国の魅力は大きく失われるにちがいない。もちろん、中間層の台頭で巨大な消費市場が生まれるかもしれないが、それに対応するには新たなビジネスモデルが必要となるだろう。
世紀城のコンドミニアムの平均価格は1平米あたり1万元で、100平米の標準的な物件なら内装費用込みの総価格は150万元(約2000万円)になる。夫婦共働きで、現在の所得が倍になるのなら、(ローン金利にもよるが)たしかに払えない金額ではない。
休日には、多くの成都市民が物件を見に世紀城を訪れる。彼らはみな、将来の所得増を前提に、かなりの無理をしてもいまのうちにマイホームを所有しようと考えている。その意味では、成都の不動産開発にはたしかに実需がある。ただ、その開発規模があまりにも巨大なのだ。
中国政府は、このままあと5年間、不動産価格を適正水準に維持したまま、経済を減速させずに労働者の所得を年率10%以上増やしていかなけれならない。もちろん誰も、中国の経済テクノクラートがこの困難な課題を達成する可能性を否定はできない。私たちは、15億人の欲望が生み出す巨大な経済システムをうまく想像できないのかもしれない。
しかしそれでも、中国の不動産市場がバブルを加速させていかなければ持続不可能な構造になっているのは間違いない。不動産価格の上昇が止まれば、デベロッパーは資金繰りに窮して破綻し、それが不良債権となって深刻な金融危機を引き起こすだろう。中国経済の成長が鈍化すれば、いずれはクラッシュが待っている。
“人類史上最大”とも呼ばれる中国の不動産バブルが崩壊したとき、世界経済、とりわけ日本の経済がどれほどのインパクトを受けるのか、私たちはそろそろ真剣に考えるべきなのかもしれない。
【註】この記事を書いたのは2012年で、中国の不動産バブル崩壊の引き金となった2020年の習近平政権の負債規制「三道紅線(Three Red Lines)」政策まで不動産価格の下落は表面化しなかった。現在、中国経済は低成長への過渡期にあるが、15億の巨大な国内市場を抱えていることもあり、日本のような長期停滞に陥るかどうかには専門家のあいだでも見解が分かれている。
禁・無断転載