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真面目に働き、税金を払っている外国人を追い出す「日本人ファースト」(週刊プレイボーイ連載684)
出入国在留管理庁が25年10月、在留資格「経営・管理」の要件を見直し、必要な資本金額をこれまでの500万円から6倍の3000万円に引き上げました。更新の場合、28年10月までの3年間は経過措置がとられるほか、それ以降でも、要件を満たさなくても許可される可能性はあるとされていますが、飲食店などを営む外国人のあいだで不安が広がっています。
東京商工リサーチによる3~4月の調査では、外国人が経営する企業299社のうち45%が影響を受けると認識しており、廃業を検討しているという回答も5%ありました。担当者は、「資本金3千万円は相当高いハードルで、経営環境の悪化を考えると、かなり影響が出そうだ」と語っています。
取得要件の厳格化の背景には、外国人がブローカーを介して実体のないペーパーカンパニーをつくり、在留資格を取得・悪用していることへの対策を求める声が国会であがったことがあります。こうした脱法行為に対処する必要はあるでしょうが、だからといって資本金額の大幅な引き上げにどの程度の効果があるか検証されたわけではありません。
入管庁によると、3000万円の要件を満たしている「経営・管理」の取得者は全体の10%未満しかいません。当事者の9割以上が不利益を被むる規制強化をいきなり導入すれば大騒ぎになるのは間違いありませんが、それでもなぜこのようなことをしたかというと、外国人には投票権がなく、なにをやったところで政治家が騒ぐことはないと思っているからでしょう。
ペーパーカンパニーかどうかは営業の実態を見ればわかるでしょうが、そのための調査には人員も予算も必要になります。入管庁は、そういう面倒な仕事を押しつけられるのを避けるために、資本金の要件を引き上げて「やってる感」を演出し、保守派の政治家にアピールしようとしたと思われても仕方ないでしょう。
在留外国人を日本人と同等にすべきとは思いませんが、日本人は資本金1円でいくらでもペーパーカンパニー(株式会社)を設立できます。それに対して、在留資格を取得してビジネスを始めようとする外国人は、これまでも500万円の資本金が必要でした。そもそもこれだけの資金でビジネスを始める日本人がどれほどいるでしょうか。
この件を報じた記事に登場するのは東京・江戸川区の西葛西駅周辺でインド料理店を経営するインド人の男性で、開店から3年で売上は年約4000万円と好調ですが、あと2年で3000万円を貯めるにはとても足りないとして、「一生懸命店をやっている自分たちの頑張りを、どうして見てくれないのか」と窮状を語っています。
専門家は、不正のために在留資格を悪用する外国人にとって3000万円程度の資本金を揃えるのはたいしたハードルではなく、対策の効果は限定的で、むしろ真面目に働いているひとたちが割を食うのではないかと懸念しています。
美味しいエスニック料理をつくり、家族を養い、税金を納めている外国人を廃業に追い込み、日本から出ていくようにするのが保守派のいう「日本人ファースト」だとすれば、ほんとうにがっかりです。
参考:「エスニック店 街から消える?」朝日新聞2026年5月13日
『週刊プレイボーイ』2026年5月25日発売号 禁・無断転載
ジャカルタの場末のホテルで聞いたショパンのノクターン
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2012年11月公開の記事です。(一部改変)

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ジャカルタでそのピアニストに出会ったのは、飛行機に乗り遅れたからだ。予定していた便に間に合わなかったのは、金曜の夕方にゴールデントライアングルのホテルから空港に向かおうとしたためだ。
だからこの話は、ゴールデントライアングとはいったい何か、というところから始めなくてはならない。ピアニストが登場するまでずいぶんと回り道になるが、しばしおつき合い願いたい。
スラムに飲み込まれるバタビア
インドネシアの首都ジャカルタ北部のコタ地区は植民地時代にバタビアと呼ばれ、中国とインドを結ぶ海上交通の要衝として、17世紀には東南アジア最大の国際都市だった。オランダ人は街を城壁で囲み、その内側に運河を巡らせ、故郷アムステルダムを模した石造りの街並みを築いた。
何年か前、ジャカルタを訪ねた折に思い立って旧バタビアを見に行ったことがある。
タクシーの運転手に行き先を告げると、「なんでそんなことろに行くんだ?」と怪訝そうに訊かれた。「ただの観光だよ」とこたえると、勝手にしろ、というように肩をすくめた。
チャイナタウンにあるコタ駅から港に向かって歩くと、タクシーの運転手がなにをいいたかったのかすぐにわかった。
ギリシア風の壮麗な円柱が目を引く旧市庁舎から、ゴッホの絵画に出てくるような跳ね橋を渡り、東インド会社の倉庫跡を通りすぎて、港に面した魚市場まで足を延ばす。これが定番の観光コースだが、いまは観光客の姿を目にすることはめったにない。旧市街全体が巨大なスラムに飲みこまれてしまったからだ。
往時には各国の商船が停泊した港は無数のビニール袋が浮かぶゴミ捨て場と化し、どす黒い水が流れる運河からはメタンガスの泡が噴き出していた。橋の下には色とりどりのハンモックが吊られ、半裸の男たちが午睡をむさぼっている。路上に敷かれたビニールシートには、安物の衣類やニセブランド品のほか、空のペットボトルや缶ジュースのプルトップなど、なにに使うのかわからないガラクタが並べられている。ホテルはかろうじて営業していたが、その向かいの石造りのレストランは廃墟と化し、建物のなかまでスラムが侵食していた。
人口1500万人を超える巨大都市ジャカルタの中心は、スラムに押されるように、南へと移動しつづけている。
大統領官邸や最高裁判所などの行政施設があるのは旧バタビアから南に5キロほど下ったムルディカ広場の周辺で、独立記念塔やモスク、カテドラルなどの観光名所もこの近くに集まっている。ジャラン・ジャクサという繁華街もあるが、ここは以前はバックパッカー向けの安宿街で、今は地元のひとたち相手の商店や飲食店が並んでいる。
現在のジャカルタの中心は、そこから大通り(ジャラン・タムリン)をさらに南に下った一帯で、高速と幹線道路が三角形をつくっているため、「黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)」と呼ばれている。高級ホテルや外資系企業の入居する高層ビルが林立する“変貌するジャカルタ”の象徴で、今回の旅ではその中心にある米系ホテルに泊まることにした。
このホテルは2009年7月にイスラム過激派のテロの標的となり、死者9名と50人以上の負傷者が出た。そのためセキュリティはきわめて厳しく、車はトランクだけでなくエンジンルームや運転席のグローブボックスまで調べられ、ホテルの入口には空港と同じ金属探知機が備えつけられている。
ホテルの周辺には高級コンドミニアムが集まっていて、スターバックスなどのカフェのほか、レストランやパブもある。インドネシアはイスラム国家ではないものの、一般のレストランは酒類を出さないのがふつうだが、ここは別世界で、ビールやワイン、ウイスキーやカクテルなど、ありとあらゆるアルコールが供され、週末の夜は予約がなければ入れないほどの大人気だ。
クニンガンシティ(Kuningan city)はゴールデントライアングルのランドマークで、ブランドショップの集まるショッピングモール、高層のオフィス棟、レジデンス用のコンドミニアムからなる大規模複合施設だ。まだショップは入居を始めたばかりだが、写真を見ただけではここが六本木ヒルズだといわれてもわからないだろう。
クアラルンプールでも感じたが、宗教や文化にかかわらず世界の繁華街はどこもほとんど同じになってきている。シンガポールからクアラルンプールのブッキ・ビンタン、ジャカルタのゴールデントライアングルへと移動しても、青山・六本木から銀座へ行くようなもので、国境を越えて旅をしている感じはまったくしない。
だが金曜の夜にゴールデントライアングルから空港に向かおうとすると、ここがジャカルタだと思い知らされることになる。 続きを読む →
「憲法があったから戦争に巻き込まれずに済んだ」という自虐史観(週刊プレイボーイ連載683)
アメリカとイスラエルがイランを武力攻撃し、ホルムズ海峡が封鎖されて以降、全国で改憲反対のデモが起きています。4月には国会前に3万人が集まり、「戦争反対」「高市政権は憲法を守れ」などと声をあげました。
「戦争が近づいている気がする。憲法9条があるから、日本は戦争に巻き込まれずに済んだ」という声が、参加者の気持ちを代弁しているでしょう。ホルムズ海峡に自衛隊を派遣しろというトランプの要求を断ることができたのは、憲法9条で戦争を放棄しているからだ、というのです。憲法改正に反対するリベラルなメディアや知識人も同様の論理を述べていますが、これには違和感があります。
そもそもトランプに要求されて軍隊を派遣した国は、ただの1カ国もありません。イギリスやフランス、カナダなどは、憲法の制約なしに自国の軍隊を海外に派遣できますが、「われわれの戦争ではない」としてタンカーの護衛を断っています。だとしたらなぜ日本だけが、憲法がないと同じようにできないのでしょうか。これは「日本人はバカだから欧米のようにはできない」という典型的な「自虐史観」です。
一方、イラクのクウェート侵攻を機に勃発した1991年の湾岸戦争では、アメリカの呼びかけで28カ国が軍隊を派遣しましたが、日本は憲法の制約で自衛隊を参加させられず、その代わりに約130億ドル、当時のレートで2兆円の支援を行ないました。ところが、主権を回復したクウェートがアメリカの新聞に掲載した感謝広告に日本の名前がなかったことで、日本政府は大きな衝撃を受けます。
この歴史が示すのは、「憲法の制約」によって憲法の前文に書かれた国際社会での「名誉ある地位」が得られなかったことですが、この事実も都合よく無視されています。
高市首相は日米首脳会談で「ドナルド」とファーストネームで呼びかけ、繰り返しハグを交わす姿が「アイドルを前にする少女のよう」と揶揄されました。しかしこれは、高市首相だけでなく、戦後日本の外交はずっと同じようなことをしてきたのです。
敗戦で焼け野原になり、米軍に占領された日本は、朝鮮戦争の特需で息を吹き返すと、戦争という「汚れ仕事」をアメリカに丸投げし、金儲けに専念すればゆたかになれることに気づきます。
1966年、第一次佐藤栄作内閣で外務大臣を務めた椎名悦三郎は、日米安全保障条約にもとづいて米軍が駐留するのは「アメリカは日本の番犬」だからだと説明し、野党から批判されると「番犬さまでございます」と言い直しました。これが、戦後日本の本音だったのでしょう。
しかし、番犬を飼っておくためには機嫌をとらなくてはなりません。そこでひたすらお金という“エサ”を与えてきたのですが、これではアメリカに対して毅然とした態度など取れるはずがあるません。
「憲法は都合の悪い要求を断る方便に使えて便利だ」というだけでは、たんなる利己主義です。自立した国家というのは、「正しくない戦争」には参加できないと、はっきり伝えることをいうのでしょう。
そう考えれば、トランプに抱き着いた女性首相の姿は、わたしたちのグロテスクな戯画なのかもしれません。
参考:「日米会談 憲法に触れた首相」朝日新聞2026年5月3日
『週刊プレイボーイ』2026年5月18日発売号 禁・無断転載