作家・橘玲(たちばなあきら)の公式サイトです。はじめての方は、最初にこちらの「ABOUT THIS SITE」と橘玲からの「ご挨拶」をご覧ください。また、自己紹介を兼ねた「橘玲 6つのQ&A」はこちらをどうぞ。
テクノロジーの「加速」はもう止められない(週刊プレイボーイ連載668)
ChatGPTなど対話型生成AIの能力が急速に向上し、ビジネスや教育などさまざまな場面で利用されるようになりました。アメリカで若者の失業率が上がっているのは、AIがホワイトカラーの仕事を代替するようになったからだともいわれます。2026年は「AIが社会を変えはじめた年」として記憶されるかもしれません。
生成AIに使われている大規模言語モデル(LLM)には、データの量やその処理を行なうパラメーターが増えれば、それに応じて性能が上がっていくという特徴があります。この法則がわかったことで、Open AIやGoogle、Meta、xAIなどが競って巨額の開発投資を行ない、計算処理に最適化された半導体GPUを製造するNVIDIAの時価総額が一時、世界一になりました。
LLMは思考能力があるわけではなく、ビッグデータから統計的に次に来る言葉(要素)を選択しているだけですが、モデルの拡張とともに精度が上がり、人間と区別のつかない会話をするまでになりました。パラメーターが増えると、これまでゼロだったパフォーマンスが飛躍的に向上する「創発」が起きるともいわれ、いずれ意識をもつようになると騒がれたことで空前のAIブームが起きました。
生成AIは現在のレベルでも主要言語をすべて理解し、プロンプトだけで高度なプログラミングを行ない、東大の入試や司法試験、医師国家試験に合格します。そうなると、暗記能力を競う学校教育は意味がなくなり、文書整理やデータ管理のような単純な事務作業はすべてAIに任せ、顧客との応答が必要なコールセンターもいずれなくなるといわれています。
コンテンツの制作も、イラストや写真だけでなく動画もプロのレベルに近づいており、フェイク画像やフェイク動画が問題になっています。AIを使って執筆し、大量の作品をネットにアップする「作家」も現われ、芸術や創作の土台が揺さぶられています。
生成AIは汎用技術なので、よい意味でも悪い意味でも、すべてのひとが影響を被ります。これが未来へのいい知れぬ不安となって、わたしたちの焦燥感を駆りたてるのでしょう。とはいえ、若者の人口が多く失業率も高い国とちがって、日本は空前の人手不足ですから、自動運転のバスやタクシーが地方の足になったり、高齢者向けの住宅や介護施設で介護ロボットが働くようになるのはよいことでしょう。そう考えれば、日本はまだ恵まれているのかもしれません。
ひとつだけ確かなのは、プラットフォーム同士の熾烈な競争や米中対立で、テクノロジーの「加速」はもはや止められないことです。未来学者は、2040年には自律したAIが指数関数的に知能を向上させるシンギュラリティ(技術的特異点)が到来すると予測しています。そうなれば、仕事や教育だけでなく社会や人生などすべてが大きく変わるでしょう。
2040年まであと15年ですから、この記事を読んでいるほとんどのひとは(おそらく私を含め)この人類史的なパラダイム転換を体験できることになります。そう考えれば、新しい年がすこしわくわくしてきませんか?
『週刊プレイボーイ』2026年1月5日発売号 禁・無断転載
ベネズエラとはどのような国なのか?
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
トランプ政権によるベネズエラ大統領の拘束という大きな事件があったので、2021年6月の記事をアップします。(一部改変)

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2019年に『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター)で衝撃のデビューを果たした北澤豊雄氏は、いまでは“絶滅危惧種”となった冒険作家だ。ダリエン地峡はコロンビアとパナマの国境地帯で、アラスカからアルゼンチンまで続くパン・アメリカン・ハイウェイが唯一、分断されている「世界で最も過酷な国境」だ。
なぜ道路がつくれないかというと、「熱帯雨林の湿地帯が建設を困難にしている」というのが公式の理由だが、ゲリラや右派民兵組織が戦闘を繰り返し、マフィアの武器・麻薬の密売ルートになっているからのようだ。
北澤氏は29歳で南米に渡り、コロンビアでスペイン語を学んだのち、1年かけて南米大陸を回ったり、ガルシア・マルケスなど南米文学の舞台となる先住民族地域を訪れたりした。そんな日々にも飽きてきた頃、世話になっている日本料理店の社長から勧められたのがダリエン地峡を徒歩で横断する“冒険”だった。
最初の挑戦は国境を越える前にコロンビア軍に拘束され、2度目の挑戦は案内役の都合がつかずにあきらめた。3度目の挑戦でようやく徒歩で国境を越えたが、グループからはぐれて道に迷い、獣から身を守るために木の上で眠る羽目になる。ようやく救出されたものの、こんどはパナマの国境警備隊に拘束されて……という波乱万丈の“冒険”の顛末はぜひ本を読んでいただくとして、今回は第2作『混迷の国ベネズエラ潜入記』(産業編集センター)を取り上げたい。ここでは北澤氏は、コロンビアから国境を越えて「国家破産」したベネズエラを目指す。
「268万%」のハイパーインフレでも、ひとびとはふつうに暮らしていた
2019年当時のベネズエラは「268万%」というハイパーインフレに見舞われ、電気も水道もストップし、国民は続々と隣国に逃げていると報じられていた。凶悪犯罪も多発し、日本での報道を見ている限り、まるで映画『マッドマックス2』や『北斗の拳』の世界だ。
ベネズエラの隣国で大量の難民が押し寄せているコロンビアでもこうした認識は同じで、北澤氏に同行することになった地元のジャーナリストも、「僕らもベネズエラに興味があるんだ。人々は食料がなくゴミ箱を漁り、インフラは度々ストップする。子どもは飢えてろくに教育も受けられない。最低賃金は月額7ドルや8ドルで生活は苦しくコロンビアを筆頭に国外に脱出している」と語っている。
ところが、無事に国境を越えてベネズエラ西部の中都市メリダに到着した北澤氏らは、奇妙な光景に面食らうことになる。人口30万人の街には乗客をたくさん乗せたローカルバスが走り、会社帰りのサラリーマンやOLがふつうに信号待ちをし、八百屋には野菜や果物もたくさんあったのだ。
宿泊したホテルは1泊約650円で、停電は多いがふつうにWi-Fiが使えた。ショッピングセンター内のレストランに食事に行くと、1階の酒屋には4~5人の着飾った若者たちがたむろしていた。聞けば、ディスコテカ(クラブ)が開くのを飲みながら待っているのだという。「そこら中に飢え死に寸前の人々が転がっていると思っていた」のに、最初に出会ったのが「享楽にふける若者」だったのだ。
翌日、タクシーで街を回り、スーパーに立ち寄ると疑念はさらに膨らんだ。「自動ドアの近くには12個入りのトイレットペーパーが7段、その向こうには3キロ袋の米が30段ほど積まれ、飲み物の陳列の一画には1.5リットルのペプシコーラだけがこれみよがしに4段分、およそ200本がぎゅうぎゅうと詰まっていた」驚いたことに、メリダには食料も日用品も薬もたっぷりあったのだ。
値段はトマト1キロ110円、米1キロ80円、トイレットペーパー2個で130円で、ハイパーインフレというわりには手ごろな価格だ。ガソリンは1ガロン8円、大衆食堂のランチは200円ぐらいが相場だった。北澤氏が話を聞いた雑貨店のオーナーは、ヨーロッパに住む息子から「お父さん、食べるものは大丈夫なの? 送ろうか」といわれているが、「この国の本質はそのことじゃないんだ。国がやりたい放題でガバナンスが効いていない。腐っている」と述べた。
これはいったいどういうことだろう? だが1回目の取材では、それを知ることはできなかった。その夜、北澤氏は体調を崩してホテルで休んでいたのだが、歩いて300メートルほどのところにあるバルとディスコテカに出かけ、午前4時まで遊んでいた同行者2人が、帰り路で銃をつきつけられ、財布や携帯電話、パスポートに加えて靴と靴下まで取られてしまったのだ。
こうして、北澤氏の最初のベネズエラ取材はたった2日で終わった。 続きを読む →
旧姓の通称使用が移す「ご都合主義」(日経ヴェリタス連載125回)
いまや「結婚後に夫婦のいずれかの氏を選択しなければならないとする制度を採用している国は、日本だけ」(法務省)になったが、高市政権は「イエには氏はひとつ」という戸籍制度にこだわり、「旧姓の通称使用の法制化」を推進している。世論調査でも、「通称で不便がなくなるのなら、それでいいではないか」との回答が一定数ある。だが、旧姓を通称として使えるようにすれば、すべての問題が解決するのだろうか。
国連の女性差別撤廃委員会から、選択的夫婦別姓制度の導入を4回も勧告されたことで、政府は国家資格などを結婚後も旧姓のまま維持できるよう、法制度の整備に必死になっている。これによってたしかに便利にはなっただろうが、それでも2021年に男女共同参画局が行なったアンケートでは、旧姓で仕事をしている女性研究者などから多くの不満が寄せられている。
たとえば、所得税などの税の納付は、国税通則法によって戸籍上のものを記載するよう規定されており、今後も改正される予定はない。免許証やマイナンバーカードに旧姓併記されると、「既婚者」というプライバシーが第三者に知られるという問題もある。結婚しても姓が変わらない(主に)男性にはこういう問題は起きないのだから、これに違和感をもつ女性がいるのは理解できる。
より深刻なのは、銀行など金融機関の対応だ。旧姓でも(婚姻後の)現姓と同じことが支障なくできるのなら、2つの姓で銀行口座や証券口座を開設し、使い分けることが可能になる。金融機関によっては、現姓と旧姓を紐づけるシステムをつくっているところもあるようだが、異なる銀行や証券会社では役に立たない。そのため、マネーロンダリングなどの犯罪に悪用されるのを恐れて、旧姓での口座開設を認めていない金融機関も多い。
クレジットカードも同じで、未払いなどで利用を止められても、もう一つの姓でカードをつくることができてしまう。こうしたトラブルを避けるには、すべての金融取引を、口座名義ではなくマイナンバーで行なうようにしなければならないが、そんなことが可能だろうか。
「旧姓併記」という制度は日本にしかないので、海外で働いたり、出張などで利用しようとすると、さらなる困難に遭遇する。外務省は、パスポートの旧姓併記については英文の説明書を配布しており、出入国でのトラブルは報告されていないとしている。
だがインターネットには、旧姓併記によるビザの取得が困難で、航空券やホテル予約にいちいち説明が必要になるなどの体験談が多く寄せられている。
海外の金融機関に口座を保有している場合は、口座名義は身分証明書(パスポート)と同一であることが条件なので、旧姓のままでは口座を維持できず、「HANAKO YAMADA(SATO)」のようになる。金融機関のステイトメントは住所確認などに広く使われているので、現姓、旧姓、旧姓併記が混乱してトラブルになることもあるだろう。それでも「通称使用」が大きな問題にならないのは、国民の大半が、海外でこのような体験をすることがないからだ。
保守派は過去に在日韓国・朝鮮人の通名使用を「在日特権」などとさんざん批判しておきながら、同様の問題を引き起こす通称使用を熱心に支持している。「ご都合主義」というのは、こういう態度を指すのだろう。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.125『日経ヴェリタス』2025年12月27日号掲載
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