昨年末には北朝鮮の金正日主席が急逝し、今年は米大統領選や中国共産党の政権交代など重大イベントが目白押しで、ユーロ危機はあいかわらず薄氷を踏むような状態がつづいています。そんななか、日本にも「強いリーダー」が必要だとの声が日増しに大きくなっています。
ところで、日本にはなぜ強いリーダーがいないのでしょう。この疑問はふつう「政治家がだらしないからだ」と一蹴されてしまうのですが、そんな簡単な話ではないかもしれません。
1980年代から、世界80ヶ国以上のひとびとを対象に、政治や宗教、仕事、教育、家族観などについて訊く「世界価値観調査」が行なわれています。これだけ大規模な意識調査はほかになく、その結果もきわめて興味深いのですが、2005年調査の全82問のなかで、日本人が他の国々と比べて圧倒的に異なっている質問がひとつあります。
近い将来、「権威や権力がより尊重される」社会が訪れたとすると、あなたの意見は「良いこと」「悪いこと」「気にしない」のどれでしょうか。
集計結果を先進国で比較すると、フランス人の84.9%、イギリス人の76.1%が、社会を運営するためには権威や権力は尊重されるべきだと考えています。マリファナや安楽死を容認するオランダで70.9%、自助・自立を旨とするアメリカでも59.2%が権威や権力は必要だと回答し、権威的な体制への批判が噴出する中国ですら43.4%が権力は好ましいものだと考えています。
それに対して日本人は、この質問にどのように回答したのでしょうか。
驚くべきことに、日本人のうち「権威や権力を尊重するのは良いこと」と答えたのはわずか3.2%%しかいません。逆に80.3%が「悪いこと」と回答しています。この結果がいかに飛び抜けているかは、権威や権力への信頼度が2番目に低い香港でも22.6%が「良いこと」と回答していることからも明らかです。
日本人は世界のなかでダントツに権威や権力が嫌いな国民だったのです。
なぜこのような特異な価値観を持つようになったのかは意識調査だけではわかりませんが、第二次世界大戦の経験が影響していることは間違いないでしょう。権威や権力を振りかざす政治家や軍人を信じたら、広島と長崎に原爆を落とされ、日本じゅうが焼け野原になり、民間人を含め300万人もが犠牲になったのですから、もうこりごりだと思っても不思議はありません。
しかしそれでも謎は残ります。敗戦によって同じような惨状を体験したドイツでも、半分(49.8%)のひとが「権威や権力は尊重すべき」とこたえているからです。
日本の歴史を振り返ると、「独裁者」と呼べそうな支配者は織田信長くらいしか見当たらず、徳川家康を筆頭に、あとはみんな調整型のリーダーばかりです。だとしたら日本人は、大昔から権威や権力を嫌ってきたのかもしれません。
もちろんこれについてはいろいろな解釈があるでしょうが、ひとつだけはっきりしていることがあります。
日本に「強いリーダー」がいないのは、だれも望んでいないからです。これまで1000年以上にわたってそうだったのだから、これからもたぶんずっとそうなのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2012年1月16日発売号
禁・無断転載
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文章ではわかりにくいと思うので、上記の調査結果をグラフ化したものを掲載しておきます。
ここに近い将来起こると思われるいろいろな生活様式の変化があげてあります。もし、そういうことが起こった場合、あなたはどう思われますか。
よい(好ましい)ことだと思いますか、悪い(好ましくない)ことだと思いますか、それともそういうことが起こっても気にしませんか。それぞれについてお答えください。
の問のうち、「権威や権力がより尊重される」について、「良いこと」と回答したひとの比率です。