ギリシアの経済危機は、どこかマンガじみている。
そもそもこの国は、野良犬と並んで公務員の数がものすごく多い。ギリシアの経済学者はこれを「公務員爆発」と呼ぶが、その数は財政危機にもかかわらず加速度的に膨張している。
この不思議な社会の仕組み報告した毎日新聞記者の藤原章生は、ギリシアの公務員問題について、労働省のエリート官僚の次のような証言を紹介している。
新たな政権ができると、官僚の顧問や局長職は総入れ替えになり、それぞれの閣僚や次官ら政治家たちが好きなように身内や友人、支援者、または自分で探してきた人物をそのポストに招く。こうした人々は「臨時雇用」という形で来るが、この国の問題は彼らがいつの間にか「正規雇用」になっていて、政権が交代しても解雇されないこと。
前から同じポストにいた人はどうなるかと言うと、解雇されず、別のポストに行くか、ひどい場合、同じ局長のポストに2人がいるなんてこともある。当然2人分の仕事はないから、前の人たちは職場に来なくなり、給与だけもらい続ける幽霊公務員となる。私たち労働省の中でも全体の職員が何人いるのか、どういう構成なのかよくわかっていない。
こうして選挙のたびに公務員が増えていった結果、ギリシアの公務員数は巷間いわれている110万人よりもはるかに多いのではないかと藤原は推計する。
藤原が出会った公務員(国立病院の看護師や公営地下鉄の職員)は、勤続20年でも月収は1000~1200ユーロ(年収150万円前後)で、これだけで大家族を養うのはとうてい無理だ。そのためほとんどの公務員は給料だけでは生計が成り立たず、副業を持っているのが当たり前だ(さらにいうと、民間のサラリーマンも夜はウェイターになるなど、2つや3つの仕事をかけもちしている)。
ギリシアの公務員は平均給与が民間の1.5倍もあるとしてドイツなどから厳しく批判されているが、彼らの生活実態はそれほど優雅ではない。だとしたら、統計上は「労働者の4人に1人」という公務員数は、それよりずっと多いにちがいない。ギリシアでは一種のベーシックインカムが実現しており、家族の誰かが公務員(幽霊公務員)として国からいくばくかの給与をもらい、民間企業にかけもちで働きながら、足りない生活費を副業でまかなっている――。そう考えれば、緊縮財政が国民的な規模のデモやストライキを引き起こした理由もよくわかる。
ギリシアではこれまで年金の支給開始年齢が50代半ばで、それも受給額は現役世代の給与の9割ときわめて高率だ(日本の「百年安心年金」は現役世代の5割支給で設計されている)。さらには現金決済で消費税(財政破綻で23%に引き上げられた)を払わない“闇ビジネス”が横行しており、その規模はいまやGDPの4割に達するともいわれる。
こうした財政の放蕩三昧が明らかになるにつれて、ギリシアのデモは、ドイツなど「ゆたかな欧州」から冷たい視線を浴びるようになった。財政赤字を膨らませたのは自業自得で、そのツケをユーロに押し付けたり、EUに救済を求めるのは筋ちがいだというのだ。
もちろんこのことは、当のギリシア人がいちばんよくわかっている。彼らは外国人旅行者に対しては、政治の腐敗を嘆き、ギリシアは変わらなくてはならないことを力説する。政府も、財政健全化を喫緊の課題として、公務員改革の成果をアピールする。しかしその背後には、周到な計算も見え隠れする。
EUがIMFとともにギリシアの財政支援に踏み切ったのは、金融危機がスペインやポルトガル、イタリアなど南欧諸国に飛び火するのを防ぐためだ。ギリシアがデフォルトを起こし、ユーロから脱退すれば、その影響は甚大だ。
だとすれば、ギリシア政府にとってもっとも好都合なのは、財政改革で一定の譲歩をしつつ、ユーロを人質にして、EUに債務の減免(借金の踏み倒し)を認めさせることだ。その交渉のためには、国民の抗議行動が適度に起こっていたほうが都合がいい。
そもそもギリシアは、1800年以降の200年余の歴史のなかで、債務不履行と債務条件変更の年数が50%を超えるという。2年にいちどは破綻しているのだから、その対応は筋金入りだ。
このようにしてアテネでは、予定調和のようなデモが今日も行なわれている。